鶴屋開店休業回転ベッド

あたしの創作世界の基盤。だけどとてつもなくフレキシブルでヨレヨレにブレてる。キャラが勝手に動くんだ♪

賞平と華秋

俺が新任の年。
一緒に入学した一年生を担任することになった。
その中に俺の妻となる美雪もいたのだが
それはまたの機会の話としよう。

学校の近所に大きな煙突の銭湯があり
引き戸の入り口には小さなタイルが
貼られていて、年季の入った施設の
一つ一つに昔から地元で親しまれてきた
暖かな雰囲気が漂ってくるのだ。
その銭湯の娘がいた。
何故分かったかというと
名前だとかではなく、俺は会ったことが
あったのでわかるのだ。

俺はこの高校の卒業生なのだ。
このあたりにもダチはたくさんいた。
みんなで集まってワイワイ夜を明かした
休みの日なんかにはあの銭湯に行く。
股間の成長具合なんか冷やかしながら
裸の社交場を満喫するのである。
番台という男からしたら夢の高みを見上げ
目を疑った。そこにはかわいらしい小学生
(しかも高学年の女子!)が鎮座していたのだ。
そしてその少女はすでにすっ裸の俺を見て
「お兄ちゃん。おっきいね。」
と満面の笑みで話しかけてきた。
俺は負けるか!とばかり股間を隠さず
「おう。鍛えてるからな!」
などと煙に巻けたようで軽いボヤを出した
ような返事をしたのだった。

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奥からおかみさんが出てきて
あらあらこんなお兄ちゃんたちたくさん
来てたのねえ!ダメよけあき!降りなさい!
なんてバタバタと女の子を退場させた。
ごめんなさいねえ。なんていうおかみさんも
若くて美人だったから俺たちは困った。


阿部華秋
あの少女だった。

俺が昔の思い出にちょっとぎこちなく
接しているのにあいつは気づいてないのか
気づいていても知らないふりをしているのか
大変ナチュラルに日々を暮らしている。
うちの学校は進学校なので一年生でも
志望校を絞らせて面談も行う。
俺はミーティング室で華秋と向かい合う。
自分の全裸を見た少女に進路を質す。
なんともシュールな光景だ。

社会福祉を研究したいんだ。

え?
俺は華秋の顔を思わず二度見した。
こんなしっかりした進路指導
一年生の一学期に出来るとは
思わなかったので
ビックリしてしまったのだ。
そしてまたさらりと華秋は
言ってのけた。

先生、うちのお風呂入ってくれてたよね。
背がおっきくてカッコいいなあって
思ったから覚えてるよ♪

あ。四年越しの氷解。
タッパのことね。
俺、あの頃も180あったし。
股間のことではなかったか。

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それからは胸の軽い支えも取れて
華秋とは普通に接することができたのだが
今思えば、あいつは全てわかって
背丈のことにしたのではないか。
あ、それじゃ俺の分身が立派だぜと
俺が宣伝してるようなものだな。

二年生に上がるときクラス変えがあり
俺の担任するクラスから美雪の名前は消えた。
華秋は引き続き俺のクラスだったから
志望校の情報とか、プライベートでも
探してはあいつに教えてやっていた。
三年間は長いようで短い。
こうしてあっという間に卒業していって
次のステージへと旅立っていくのだろう。
生徒達の内申や推薦校の整理をしていると
一抹の寂しさを覚えたものだ。

そして二年生も終わろうかという
ある日の午後。
一本の電話からそれは始まった。

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俺は耳を疑った。
嘘であって欲しくて、何度か聞き返した。
しっかりしてください、先生。
事故に巻き込まれた女性、阿部咲子さん!
おたくの生徒さんの阿部華秋さんの
お母さんですよね!
市川総合病院に搬送されました!
すぐに来てください!

電話の主は現場にいた近所の人だった。
救急隊のスタッフが自宅に連絡をしたものの
親父さんは薪を手配していたらしく
中々連絡が取れなかったらしい。
混乱する中、銭湯の常連客が騒ぎを聞きつけ
ようやく親父さんに事故の報がもたらされた。

どんな容態なのかはわからない。
自転車で買い物の途中だったお母さんは
車同士の交通事故に巻き込まれたらしい。
俺は事務室を飛び出して、主任の赤木先生の
ところに走った。事情を説明して車のキーを
借りた。授業中だった華秋を抱えるように
教室を出て、急いで病院に送って行った。

華秋が病室に着くと親父さんと弟がいた。
最期には、間に合ったみたいだ。






通夜に生徒を何人かつれて行った。
華秋は気丈に通夜振舞いの膳の支度をしていた。

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俺はなんと声を掛けたものか迷い
「手伝おうか?」
などと間抜けなことをいって逃げた。

大丈夫だよ!あたしがいつまでも
メソメソしてたら
家が回って行かないもん!

無理をしているのは誰にでも分かった。

葬式でも俺は裏方でくるくる働く華秋が
心配で覗きに行く。
すると華秋が俺を見つけて
一瞬とても弱い、今にも泣き崩れそうな
顔をしたのだった。
俺が近づこうとすると華秋はもう元の
表情に戻っていて俺をどやしつけた。

はいはい!もうお坊さんのお経はじまるよ!
お客さんは並んだ並んだ!

俺は焼香をしてお母さんに手を合わせ
俺なんかじゃ出来ることはホンのちょっと
だけど、娘さんのこと任せてください。
そんな風にお別れの言葉を言った。


それからの華秋は
銭湯のおかみさん
女子高生
一家の主婦
弟の母親代わり
何足ものわらじを履いて
けつまづいて転んだりしていた。
一番転んでたのはやはり学校でだった。

「華秋さん。お前大丈夫か?無理しすぎじゃ
ないのかよ。」
俺はわざと軽口をたたいた。
放課後ミーティング室に呼ぼうとしたが
銭湯は四時に暖簾出すんだよ?
喧嘩売ってんの?というので
昼休みに変更した。
「先生?あたしはだいじょうぶだから。
せっかくの昼休み、寝かせてよ~。」
「お前は、大丈夫じゃないからこんなに
働いてる。違うか?」
華秋は顔色を無くして黙ってしまう。
「お前は、泣いてないよな。
まだお母さんと十分お別れだって出来てない。
泣かずに済むように、考えずに済むように
こんな風に一人で背負いこんで、学校では
居眠りばっかりだ。こんなことでいいのか?」
「先生にはわかんないよ!うちにはうちの
事情があんの!ほっといてよ!」
「ほっとけるわけないだろう!このままじゃ
お前が壊れちゃうだろう?そんなの親父さん
だって弟だって望んじゃいないよ!」
華秋は俺を睨み付ける。
その瞳からまるい涙を粒々と出して
眉間にシワを寄せた。
「どうして?泣いたらお母さんが帰って来るの?」
俺は華秋を抱き締めてやさしく頭を撫でた。
「お母さんがもういないことまで涙に
封じ込めてなかったことにしちゃだめだ。」
「先生はズルいよ。あたしもう子どもじゃない
泣いてちゃ、だめ、なのに」
お前はまだ子どもだよ。
お母さんと離れるには早い年だし
お母さんと別れるのが辛くない子どもなんか
この世にいない。
それは大人だって変わらないんだよ。
こんなにたくさん涙を我慢して。
日々に追われてずっと気を張って。
家族にはたくさん笑って元気にしてきた。
パンクするだろう。
涙を、我慢しちゃ、だめだ。


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華秋はもうわんわん泣き叫んだ。
たまにせんせえのぶあかあーとか
おかずを挟んで泣き続けた。

もうすぐ五時間目という頃
華秋は泣き止んだ。
目と鼻を真っ赤にして俺に言った。
「たった今から先生は華秋のお兄ちゃんだから!
妹が頼って行ったら助けるんだぞ!」
俺はもちろん任せとけ!と笑った。


彼女は相変わらず忙しい日々を送っていたが
頻繁に準備室に来るようになった。
愚痴を言ったり時には俺の胸に顔をうずめて
気のすむまで泣いたり。
進路も変更すると言い出した。
「あたしが社会福祉を研究したいと思った
のはね。自分ちの銭湯に来るお客さんを
見てたからなんだよ。でも今はその銭湯を
切り盛りすることがお客さんたちの福祉
ならないかなって思える。」
なんてしっかりした娘だろう。
まあ成績がたまげるほど落ちたから
大学進学はちょっと難しくなってはいたが。
それから俺と華秋は、卒業に向けて一口には
言い表せない努力をすることになる。












華秋の弟が今度高校に上がってくる。
もちろん俺のクラスだろう。
あの物騒な事件の当事者だったが
名前を聞いて驚いたのだ。
そして、その彼氏も一緒にうちにくる。
来年度はまた面白い一年になりそうだ。
いや、三年間かな。