鶴屋開店休業回転ベッド

あたしの創作世界の基盤。だけどとてつもなくフレキシブルでヨレヨレにブレてる。キャラが勝手に動くんだ♪

賞平と努

「なんか、俺。努に嫌われてる。」
賞平も毎年大勢の生徒たちを教えている。
いちいち生徒の誰からどう思われてるか
そんなことを気にしていたらきりがない。
そんなことは嫌と言うほどわかっている。
なぜ、努のことがそんなに気になるのか。

「そりゃ、なんか。怖くて。」
担任のクラスの生徒だ。
二人きりで面と向かって話すこともある。
係の仕事で準備室に訪ねてくることもある。
その時の努の一挙手一投足が、たまに鼓動の
早まるほどに気にかかるのだ。


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賞平は美月に相談している。
他に相談できる人がいない。
美月は笑いながら答える。
「賞平くんが怖がるから面白いのと
賞平くんが面倒だと思ってるから
気に入らないのと、賞平くんがあたしと
仲良しだから嫉妬してるのと3つあるね。」
「3つも?」
賞平はげんなりした。
これを3つともクリアにするのは無理だ。
とくに3つ目は。
こいつは俺の大事な妹だ。
「あたしから言っといてあげよか?」
願ってもない申し入れだとは思ったが
なんかあんまりふがいない気がして
痩せ我慢で断った。


「先生。日誌。」
今日は日直らしい努がミーティング室にいた
賞平を訪ねてきた。
なぜここまでわざわざ渡しにくるのか。
職員室の机の上に置いておけばいいルール
なのに。なぜかは火を見るより明らかだ。
賞平をからかうためだ。
「職員室でよかったんだぞ。」
賞平はわざとそっけなく言う。
「なに怯えてるのさ。先生。」
努は相変わらず優等生な表情で笑う。
この双子、総じて成績はいい。
芸術科目も、体育も、平均は軽く越える。
躍起になって勉強している様子はない。
休みの日には阿部と一緒に銭湯を手伝ったり
しているようだし、歩は女引っかけるのに
忙しいらしい。朱美といるときは、朱美を
可愛がるのに忙しい。
「そんなに、怖い?俺が。」
生徒として褒めるところはあれ
責めるところは何一つない努に
俺はなにも言えない。
教師の性としてだまって頷いてしまう。
「怖くないよ。なんで生徒怖がってなきゃ
なんないんだよ?」
図星をさされて慌てる俺を笑っている。
「怖いんでしょ。感じちゃうのが。」
気づけば努はもう俺の左肩に顎をのせる
距離にいた。伏し目がちで。
こいつは本気で俺を犯そうとかは考えて
いない筈だ。俺に触れて、処女のように
狼狽えるのを見て密かに溜飲を下げる。
自分達を理解しようとしない教師を。

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「ばか。男同士だぞ。」
俺は口にしてからまずいことを言ったと
思ったが、一度口から出た言葉をなかった
ことにはできない。
すこし眉間に縦じわをよせた努。
「そういうの、きらいだな。逆効果だよ。」
俺の左腕を、努の指が這い上がってくる。
あっと言う間に左肩を越えて首筋をまさぐる。
「かわいいな、先生。
いいんだよ?声だして。
なんならキスで塞いであげようか。」
俺は体を45度捻ればいいだけのことが
なかなかできなかった。
努は俺の体を押さえつけたりはしていない。
俺が逃げられないのをわかっている。
「やめろ。本気で怒るぞ。」
これもまずかった。動けないくらいのくせに
こんな虚勢を努は面白く思うだけだ。
「かわいい。先生は。いい年して。
こんな簡単で気持ちいいこと、怖いなんて。」
そこで救世主が現れる。
「賞平くんいる?牛島くんが探してるよ。」
美月だ。
俺はホッとして少し油断したんだろう。
首筋に努のキスの洗礼を受けてしまう。
「ほんとかわいい。もっと俺のこと見てよ。」
美月が扉を開けて入ってきたときには
努はもう俺から離れていた。





もう快感だとか間に合ってるし
新たなる世界に身を投じて
もっと知らないことを見たいなんて
さらさら思わない。
努は人の嫌がることはやらない
穏やかなやつだ。
例え人から攻撃されても自分からは
そうそう手は出さない。
美月からも聞いていたし
俺もそう見た。
だからこそ、あいつが俺に迫ってくる
感じさせて惨めな気持ちにさせようと
しているのがわかって、怖い。
俺はあいつに何をしたのだろう。
決定的な何かをしたはずだ。
そう考えていたら、恐怖感がすこし
和らいだ気がした。
首筋にキスくらいならいいか。
そりゃわりとダメージでかかった。
ちょっぴり感じてしまったからだ。






美月はミーティング室から出ていく賞平を
見送ったあと、努の手を握り目を見つめた。
「お前らしくないね。どうしちゃったの。」
努は拗ねたように斜め下を向いた。
先生は、歩が嫌いみたいだから。
やっぱりか。美月は苦笑しながら
握っている努の手を撫でる。
「前言撤回。お前らしい。」
「坂元先生は、俺たちを厄介なやつだって
思ってる。でもそれは当然だよね。
わかるんだ。朱美があんなに成績
下がったのも歩のせいだよ。わかってる。
あいつは酷い男だ。」
美月は努を制して肩を抱く。
「わかるよ。歩、いい子だよ。
お前の弟だもん。」
努はしゅんとすると美月の胸に頬擦りして
抱きついた。
歩はね、すごくやさしいよね。
お前を一番に思って、甘えて我が儘も言う。
そんなところ、かわいいよね。
美月はさて、と仕切り直し口を開く。
「お前、賞平くんのこと好きだよね。
分かってほしいけど、分かってもらえない
って思って。すこし、賞平くんに駄々
こねてるんでしょ。珍しいけどね。
あたしと同じように、甘えたいんでしょ。」
美月の胸から顔をあげた努は恥ずかしそうに
顔を赤くしている。
「そう、なのか。俺自分でも分からなかった」



「美月先生が俺を分かってくれて、
全部を認めてくれたから、欲が出たのかな。
俺は坂元先生のもっと近くで、
認めてほしい。」
努は大分素直に、自分の気持ちを
整理できていた。
「もう賞平くんを苛めないでやってな。
マジで怯えてたからさ。」
美月が本音をバラすと、
努は声を立てて笑った。


しばらくして、放課後に努がやってきた。
準備室で帰り支度をする美月にハグしたあと
賞平の前にやってきて同じようにハグした。
賞平は一瞬体を硬くしたが、他意のない
ハグに胸を開く。努の頭を撫でる賞平。
努は照れ臭そうにすると帰っていった。

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「上出来。もう大丈夫でしょ。」
美月が独りごちると賞平は不思議そうな
顔をして聞いた。
「いまの。なんだったの?」
「賞平くんも上出来だったよ。
あの頭撫で撫ではがっちり掴んだね。」
「もー!何の話なんだよー!!」
「努はね、賞平くんに受け入れてもらい
たかったんだよね。認めて欲しかった。」
賞平は今一つピンと来ていないようだ。
「じゃあ、逆に言うと、今まで認められて
いないと思ってたってこと?」
優等生で他人との揉め事もない努を
認めていないつもりはなかったよ。
「あいつらは、学校の成績とか、他の
クラスメートがどう思ってるとか、全然
頓着しないんだ。でも自分が関わりたいと
決めた人のことは拗らすととんでもない
ことになってさ。」
美月は賞平の左肩を軽く叩いて頬を寄せる。
ふざけて首筋にキスする振りで
息を吹き掛ける。賞平は気の毒なほどに
ビクッと体を強張らせた。
目をぱちくりさせたあと
立ち直ろうとわざと虚勢を張る。
「お前なら首筋にキス、OKだよ?」
美月は返事もしないで賞平の首筋に
唇で触れた。
「うちの子達が迷惑かけたね。それと
これからの分も含めて、お礼のキス。」
「バカ!」
賞平は真っ赤で美月に背を向けた。
今わかった。こいつが一番の悪女だ!
みんなこいつの手のひらで踊らされてる。