鶴屋開店休業回転ベッド

あたしの創作世界の基盤。だけどとてつもなくフレキシブルでヨレヨレにブレてる。キャラが勝手に動くんだ♪

努と加奈子

「さびしい。」
努は加奈子を隣に座らせて
珍しくその手に触れた。


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「どうしたんだよぅ。何かあったのか?」
努は女が嫌いだ。
触れれば酷いときには蕁麻疹が出て嘔吐する。
触れて大丈夫なのは美月だけである。
加奈子とはこうして近くで語り合う仲では
あっても、体に触れることは今までなかった。
加奈子は固唾を飲んで努の様子を見守る。
努の身体に変調は見られなかった。
加奈子はほっとする。

「やっぱり、加奈子も女の子だよね。」
加奈子は何故か胸が痛んだ。

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自分は自分でしかない。
そう思っていたが、誠一郎を想う自分が
多分努の気持ちを波立たせるのだ。
申し訳ないような心の痛みだった。
「正直、どこがいいのか、わかんない。」
努は驚いたことに憎まれ口を叩き出した。
「熊谷先生ってなんかこう、軽薄そう。
幼くて、ちゃんと現実見えてるか心配。」
やっぱり知ってるんだ。
誠一郎とはこの前のデートでキスをした。
加奈子の生まれて初めてのくちづけを
やさしく唇を味わうようにしてくれた。
加奈子は確かに誠一郎の中で女になる。
包み込まれ守られて、彼のためだけに。
でも、それは加奈子と誠一郎の問題だ。
加奈子は自分が変わったつもりもなかったし
他のことは何一つ変えた覚えもない。
でもやっぱりわかるんだ。
加奈子は努にきく。
「ねぇ。なんで、熊谷先生なんて言うの。」
「見てたらわかるよ。馬鹿にしないで。」
「努。」
加奈子は努に拒絶されたようで
途端に怖くなった。
敵にされたように思えて怖かった。
こんな努は初めてだから。
誰かを悪く言う努を加奈子は初めて見たから。

「ごめん。加奈子。こんなこと言いたいんじゃ
なかったのにな。ごめんね。」
加奈子の顔に恐怖がにじんだのを見て
努が体ごと加奈子の方を向いて謝る。
努は後悔した。こんな風に感情を露にして
受け止めてもらおうなんて。
加奈子には荷が重すぎる。求めすぎ。
「でもさ。俺、加奈子のこと好きだから。
寂しいし、熊谷先生はあんまし好きじゃ
ないけど。加奈子が好きだからね。」
努は精一杯笑ったが、情けない顔になった。

加奈子には辛うじてわかった。
努に甘えられたんだと。
「努さあ。あたし、今までずっと
あんたたち、阿部と努ってベストカップル
だなあって。こうなれたらいいなって
思う二人だったんだよ。でもいざ自分が
恋したらあんたたちみたいにはなれない。
でもあんたたち二人はずっと理想のふたりさ。」
努は複雑な顔をして、すこしすねた風に
笑うと言った。
「こんな男同士のカップル、どうして?」
「一言では言えないけど。どうしようもなく
好きでしょ?どんなことがあっても。別れる
ことになっても。相手のためなら。」
加奈子は本当に切なそうに首をかしげる。
「あたしはまだまだ。何があっても好きで
なんかいられない。」

中庭の花壇の横に座った二人の
後ろにただならぬ気配があった。
加奈子は少し努の表情が変わるのを見て
横目で後ろを盗み見た。
もう一度努に目線を戻すと案の定
いたずらっぽい色を瞳に一杯たたえている。
「加奈子。ハグしてもいい?」
「え、ちょ、ちょっとやめときなよ!
蕁麻疹でたって知んないからな!」
努は加奈子の返事などはじめから聞く気はない。
果たして二人は抱き合った。
後ろからの気配が近づいてくる。
加奈子は必死に努の腕を逃れようとあがく。
このままじゃ努は殴られるかもしれない。


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「真利村努。蕁麻疹は大丈夫なのか?」
誠一郎は少しひきつっちゃった笑顔で
努を見下ろした。
「熊谷先生。なんで」
「美月から聞いてる。」
美月が教師の間で話の通じる先生限定で
真利村兄弟のことについては申し送りを
していると言う話はあったが。
努は少し驚いた。その話の通じる先生の
一人が熊谷誠一郎だったとは。
「美月先生とは仲良いんですか?」
「美月は本当にお前らのことを大事にしてる。
羨ましいよ。」
意外だった。
この人は軽薄でもなければ幼くもない。
美月の認めた教師なのだから。
「でも俺に妬かそうとして加奈子に
抱きついたのはいただけねえな。」
「バカ一郎!」
すかさず加奈子がグーでバカ一郎を殴り倒した。
「お前はどーしてそう口が軽いんだ!」
「ごめんごめん。」
努は大笑いをしている。
やっぱり幼いや、この人。
でも、いい意味で。
現実を幼さで楽しくしちゃうような人。
「ごめんなさい。大事な彼女にハグなんか
してしまって。加奈子のこと、よろしく
お願いしますね。」
努が殊勝に頭を下げると誠一郎は
いきなり努にハグをかました。

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「えっ!や、やっ!!」
「仕返しだ。」
背中をトントンしながら反対の手で
努の頭をワシワシと撫でた。
「これからも加奈子と仲良くしてやってくれ。」
「します!もちろん!駄目だって言われたって
しますよ!離して!」
「嫌われたもんだな。」
誠一郎はパアッとアホを解放するような
笑顔を努に向けた。
「これで、生徒に対する親愛の情としての
ハグって建前が成り立ったよな。」
誠一郎が今度は加奈子を抱く。
ああ。仕返しってこっちだ。
アホだな。この人。でも、加奈子はこれが
可愛くて好きなんだろう。こいつはこんなアホを
可愛いと愛せる器な女なんだ。
誠一郎はあっという間に加奈子に殴られ
引き剥がされた。
「ふざけんなバカ一郎っ!」
努はこれ以上面白い漫才はないなと
酸欠になるくらい笑った。


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