鶴屋開店休業回転ベッド

あたしの創作世界の基盤。だけどとてつもなくフレキシブルでヨレヨレにブレてる。キャラが勝手に動くんだ♪

不機嫌

「本当なのかよ。」
亮は家に帰ってきてからも
ずっと怒っている。

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「子どもだよ。未だにね。」
美月は微笑んで亮のとなりに座る。
「そんなこと聞いてんじゃねえ!」
少し怒らせ過ぎた。
美月は歩のキスくらい
幼稚園児と口が触れたくらいに思っている。
だけど普通に考えれば、亮の反応は正しいことだ。
土曜の夜。せっかく心おきなく抱き合って
愛し合えるのに。亮はそれどころではない
くらいに嫉妬している。

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「ごめんね。」
「は?マジかよ!馬鹿にしやがって!」
擦り寄って懐いて肌で丸め込めると思った
甘い考えの自分を美月は胸の中で罵った。
「あたしは子どもと遊んでるうちに偶然
触れたくらいに思ってるけど。
当たり前だよね。亮が怒るのは。
無神経だった。本当にごめんなさい。」
しおらしく謝る美月。
でもそれだけでもない。
これは自分で自分を痛めつけようとする
悪い癖の出たときの顔だ。
亮は我に帰る。まずい。嫉妬に任せて
美月に怒りをぶつけすぎた。

美月はたまに察しすぎるのだ。

傷ついた相手の心にすぐシンクロする。
そして容赦なく自分に罰を課す。
やめろ。お前を傷つけたい訳じゃない。
そして亮もあっという間に美月を思い
胸を痛めるのだ。

「今夜は一緒にいない方がいいね。」

美月は最低限の物をバッグに放り込み
家を出た。亮はとりつく島もなかった。





きっと。一晩中泣くだろうな。
あいつは酒を飲んで忘れたり
溺れて眠りにつくことができない。
俺が仕事や部下のこと、上司とのこと
抱えきれず酒に逃げるとあいつは
俺をやさしく抱いてくれる。
愛している、と俺の逃げ込む場所をつくって
柔らかく抱きしめてくれる。
酔って寝崩れても、粗相をしても、戻して
しまってもあいつは何一つ俺を責めずに
世話をやいてくれる。


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もうやだ。あんなガキの言うことに
嫉妬心丸出しにあいつを責めた自分が。
どうして今夜は一緒にいない方がいいなんて
そんなことを言うんだ。
俺は嫉妬に狂うほどお前がすきなのに。
愛してるのに。
恋しいのに。
お前がいないとにっちもさっちも行かないのに。
















その頃美月は、姉の洋子の家にいた。
直線距離にして500m。
一番近所の肉親の元に逃げていた美月は
布団をかぶってべそをかいていた。
「美月さあ。最近ラブラブだったじゃん。
せっかくのSaturdaynight、こんなんでいいの?」
「洋子姉さん。ごめんよう。明雄さんが
出張でいないとはいえ、こんな鬱陶しい
状態で押し掛けてきて。」
えぐえぐとグシャグシャの涙まみれの顔を
しわくちゃにする美月。
義理の兄である姉婿、明雄とは小6から
可愛がってもらっている美月だったが
夫婦の時間を邪魔するような野暮は
ついぞしたことがない。
だから、こんなことがあると美月は
校長の自宅に潜り込むのである。
直線距離にして1200m。
麻生校長は奥さまを亡くして十年、息子夫婦が
同居を申し出ているものの拒絶している。
独り暮らしの老人の家に、末娘くらいの年の
美月がお邪魔するとそれなりに歓迎される。
今回なぜ麻生校長のところに行かないかと
言えば、ちょっと職場のトラブルの延長
(とんでもなく長い延長上だが)のような
ものなので、上司のような校長のもとで
甘える気になれなかったのだ。


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「あの昔の、とんでもない双子の弟でしょ。
あんたほんとによくやってたと思うよ。
娘が今度中学に来るんだね。」
「うん。娘は多分問題ない子なんだと思う。
問題はあたしが子どもとして世話してた
歩をちゃんと保護者として扱わなきゃって
それだけのことなんだけど。」
洋子はしばらく考え込んで美月の被ってる
布団を派手に捲った。
「どっちつかずが一番ダメだよ。」
「洋子姉さん!」
「いいじゃん。あんたは最低限の教師としての
モラルを守ってれば。難しく考えることない!」
美月は恐る恐る布団から出て、洋子に這い寄る。
「でも、娘ちゃんのためになるなら、だよ?
それは譲っちゃいけない。あの頃の歩くんに
注いだ愛は、子どもに注ぐんだよ。一滴残らずね。」
目の前の霧が晴れて明るくなる。
そんな表情で美月が立ち上がった。
「美月。お帰り。自分の中に愛が満タンじゃなきゃ
子どもに注ぐ分もままならないよ!」







亮は眠らずに、リビングで酒をあおる。
だんだん世界が回り始める。
「オヤジ、何やっちゃってんのよ。」

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卓がまた、台所で珈琲豆をゴリゴリし始めた。
「お前もマメなオトコだね。俺は面倒で
自分の分だけ豆挽くなんざ出来ねえよ。」
「あのね。弱い人はほどほどにしときなさい」
「バカやろう!生意気な口叩きやがって。」
渉も卓も美月と同じように酒は好きだが酔わない
体質である。三人で好きなだけ飲むと家計が破綻
してしまうために、あまり呑まない生活を
つつがなく送っているのだ。
遠慮なく呑むのは、酒のために仕事を続ける
美月の父、正直さんとの酒の席だけだ。
「安上がりで羨ましいよ。」
卓はウイスキーのボトル半分でゲロゲロに
なる父を本当に羨望の眼で見るのだった。

珈琲を淹れる良い香りにご満悦の卓が
はたと気づく。
「あれ?お袋は?」
亮が急にグラスの半分以上を満たす
琥珀色の液体を喉に放り込み始めたので
慌ててグラスを水平に戻した。
「おいおいおいおい!待てよオヤジ!」
「平気だよ!俺だってこのくらい…」
見るからに平気ではない。
これ以上言っても聞かないだろうと、卓は
自分の部屋に下がっていった。

しばらくしてまたリビングのドアが開く。
「卓かあ?大丈夫だっていってんだろう?
このくらいで酔っぱらわねぇって。」
「ほんとに?また、戻しちゃうよ。やめなよ。」
声がやわらかい。ん?
「美月ぃ!!」
「ごめん。洋子姉さんとこ行ってた。
お話してもらって、落ち着いた。」
亮は世界が斜めになり輝いているように見えて
美月が万華鏡に映り何人にも分裂したように
思えた。とおるぅ。ごめんね。あたし、知波を
一番に考えるよ。歩はあくまでも知波のパバ。
あいつが自分の気持ちを充たすためだけに
あたしのところに来ても、甘やかさない。
亮に今日みたいな思いはさせたくないから。
本当にごめんね。
亮はキラキラと回る十数人の女房をみて
心から安心した。嬉しかった。
そして、そのうちのひとりにやっとたどり着いて
抱きしめて。
キスした。
と、同時に酔い潰れた。

「土曜なのに静かじゃん?」
溜め込んだレポートを仕上げていた渉は
宵の口からずっと物音ひとつしないリビング
そして両親の寝室の方を不審そうに見る。
トイレに立ち、洗面台で手を洗う。
渉はやはり先程と同じ方向へ視線を送り
耳をそばだてる。静かである。
すると、ギシッと床の鳴る音が聞こえた。
やはり始まったかと思うとやけにゆっくりと
足音が近づいてきた。

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「か、母さん!」
渉はたまげた。
酔い崩れた亮を美月が横抱きにしている。
軽く腰が抜けそうになった。
父親は男としても大柄な部類に入る。
骨太でそんなに機能的に鍛えられたわけでも
ないくせに筋肉も厚みがある。
要するに、もともとかなりのウエイトのある
オトコなのである。
微かに鼻をつく臭いがするに至って
渉は母が父を抱き上げている意味を理解した。
「な、なに。父さん戻したの?」
「あ、渉。うるさかったか?ごめんな。
見ての通り酔っぱらっちゃってね。
洗って着替えさすから。」
渉は手伝いを申し出たが美月に辞退された。
代わりに風呂場のドアを開けてくれと
ささやかながらのお願いをされたのだった。

美月は渉が部屋に戻ったあと
亮が寝ながら戻して見事に上から下まで
嘔吐物まみれになったスウェットを脱がせ
下着も脱がせて脱衣かごに放り込む。
自分も服を脱いだ。
亮を浴室に運び、シャワーで流す。
タオルで鼻や口、耳に水が入らないように
丁寧に洗い流すとキスをした。
年に何度か、亮は酒に飲まれる。
殆どが自分のせいではない
どうにもできないことに遣りきれない
気持ちになって、酒にやられるのだ。
「亮。ごめんね。」
美月は綺麗に流した亮の身体を拭いて
やりながらあちこちにくちづける。

先に布団に運び、掛け布団の中でゆっくり
服を着せていく。
美月は、布団に潜る前にまた、服を脱いだ。
まるで自分が猫になって、大好きな飼い主の
布団に入ろうとしているような不思議な感じ。
暖かな裸体を擦り寄せて、亮を口に含む。
「んはあっ!」
亮はことのほか感じたのか、驚いたのか。
大きな声をあげた。
「ごめん。イタズラが過ぎたね。」
美月は上に帰ってきて、亮のまぶたにキスした。
亮は酒に酔い潰れたのが嘘のように
妻を組み敷いて愛撫し始めた。
「あんっ。ん、ああん。」
「美月。愛してるよ。」
「亮ぅん。嬉しい。あんなこといって家を
飛び出したけど、今夜は本当は抱いて
欲しかったんだもん。一緒に感じたかったの。」

渉は寝る機会を逸したことを後悔した。
迷わずにヘッドフォンをiPodに繋いで
こんな時用に編集した好きなへヴィメタル
エンドレスで流した。