鶴屋開店休業回転ベッド

あたしの創作世界の基盤。だけどとてつもなくフレキシブルでヨレヨレにブレてる。キャラが勝手に動くんだ♪

撫でながら囁く

こうして、やさしく頭を撫でられて
眠りにつけば良い夢が見られるんだ。


美月は息子たちが幼かった頃
二人の頭を代わる代わる撫でながら
こう言ったのだ。

「良い夢見て、早くよくなれよ。」
父親が子どものようにすやすやと眠る
母親の頭を撫でながら囁く。

またかよ。
渉は眉根を寄せて不貞腐れた顔をした。
母親は若い頃からこの男にこうされて
甘えて夜を過ごしたんだろう。
その受け売りを自分たちにやってたんだ。


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渉にはなぜか、愛し合い互いを欲し合う
両親が堪らなく疎ましかった。
別にこの人たちは自分など居なくても
困りはしないのだ。そう思った。
早くこの人たちの保護下から出たかった。
愛されているのかどうか
おどおどしながら惨めな気持ちになるのは
もううんざりだった。

卓は渉と違い、当たり前のことを
当たり前に考えていた。
「俺、渉の気持ちも父さん母さんの気持ちも
何か分かるんだよな。今一つ他人事なのかも。」
渉はそんな弟に正面から舌打ちをし悪態をつく。
「お前は良いよな。品行方正優等生でさ。」
「ことなかれ主義なだけだし、俺たちまだ
キスもできてないんだぜ?」
「それは人それぞれだろ?鈴がしたくないって
言うんなら我慢するべきだろ。」
卓はこんな言い合いになると必ず最後に笑い出す。
「なんで親父たちにもこう言えないんだろうな。」
卓は思うのだ。
渉は他の友達にもそうだが、
きちんと相手を尊敬できる奴だ。
自分のものさしはきちんと持ちながらも、
相手を認めて褒めることが出来る。
価値観はぶれないのに誰とでもある程度
良い関係を作ることが出来る。
わりと大人なのだ。
渉は、母を愛し過ぎている。
その母を愛し、母からも愛されている父が
疎ましいのだ。

「渉に言っても分かんないだろうけどさ。
渉は、俺の若い頃そっくりだよ。」
卓と二人きりの時に叔父の言ったことだ。
顔立ちなんかのみてくれは卓と瓜二つな
母の双子の弟は、渉を見ていると若い頃の
恥ずかしい自分を追体験するようだと笑う。
「美月は恋なんか知らない、カッコいい俺の
兄ちゃんだったんだよ。」
あ。なるほど。もう、渉の気持ちもドンピシャだ。
「そしたら美月は、1日で亮にモジモジ
しながら擦り寄る恋する女の子になっちまった。
俺は亮が大っきらいになったね。」
叔父は結局父とは高校、大学ときて
同じ会社に入社。現在まで実の兄弟のように
仲が良いのだ。それを大っきらいだなんて。
「おまけに亮は、俺がそんな気持ちで敵意を
もっていたのを分かってたんだ。」
露骨に嫌えばシスコンの面倒な男に堕ちるだけだ。
叔父はそれも堪らなく嫌だったらしい。
懸命に隠していたのを、当たり前のように
見抜かれていた。
叔父は父に対して無二の親友としての思いへ
落ち着くまでには紆余曲折あったという。
「渉は亮が大っきらいだった頃の俺に
そっくりなんだよ。」


亮は美月の髪を撫でながら尚も囁きつづける。
「馬鹿だな。美月は。」
「もうそろそろブレーキの掛け方くらいは
学習してくれなきゃ。生きた心地がしないよ。」
父は若い頃からずっと。
母を愛しとんでもなく苦労してきたのだろう。
「妊娠初期にもサッカーでオーバーヘッド
決めた!なんて嬉しそうにして。よく二人とも
無事だったよ。」
え?妊娠初期?
双子らは目をひんむく。
「ちょちょちょ!父さんそれ!!」
たまらず卓が突っ込み父は苦笑いを漏らす。
「それみろ。俺たちなんかさほど欲しくは
なかったって証拠じゃねえか。」
渉は堂々と悪態を。
「あんなお転婆娘が、良い母親になったろ?
そうは思わないか?」
亮はとても自然に笑った。
双子は不覚にも、胸が締め付けられた。


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「おはよ。」
美月がリビングにやって来たのは
夜中の一時だった。
テレビを見ていた渉はギョッとした顔をしたが
すぐになかったことのようにそっぽを向く。
「       良い夢みたのかよ。」
美月がキッチンで水を飲んでいるところに
言葉を放るように話しかける。
水を飲み干した美月は、ぷはあと言いながら
手の甲で口を拭い、にっこりと笑う。
「よくわかるね。すっごい良い夢見ちゃった。」
美月は他愛のないバラエティーを見ている
渉の横に遠慮なく腰かけた。
「親父がずっと頭を撫でてたよ。二人イチャ
イチャする夢でも見たんだろ?」
美月は意外そうな顔を渉に向ける。
「夢って言ってもさ。1日陽に当てたお布団で
四人でくだらないこと言い合いながらゴロゴロ
してただけなんだ。だけど気持ちの良い夢。」
美月は手を伸ばして渉の頬っぺたを摘まむ。
「俺の布団だけ、あんまりお日様の匂いがしない
って文句いってたよ、あんた。」
そして、やさしく笑う。
渉は我慢できずに拳で美月の二の腕から肩を打つ。
バカ野郎。無理しやがって。心配させやがって。
「ごめ…なさ…俺が…悪…」
「ごめん。渉。母さん、悪い母親だ。
でも嬉しい。心配して
くれてたんだよね。ありがと。」
もう同じくらいの背丈に成長した息子と
泣きながら抱き合う。随分とガッチリした体格に
なったなと美月は嬉しいような寂しいような
気持ちになっていた。


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