鶴屋開店休業回転ベッド

あたしの創作世界の基盤。だけどとてつもなくフレキシブルでヨレヨレにブレてる。キャラが勝手に動くんだ♪

昼下がりの保健室

渉は保健室の前にいた。
土曜日の午後、ドアの前に掛かる案内板には
蒲生浅海の名前がある。


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『美瑛ちゃんと、セックスは?』

なんでもない顔で
なんでもなさそうに訊いてきた。
へんな先生だった。
左手の薬指には指輪があったから
ある程度の年齢の、分別のある大人の人
なんだろう。な。
でもさ。
よくよく考えると
たかだか保健室の相談所で
勝手に彼氏まで呼び出して
根掘り葉掘りって
だいたい秘密厳守が大前提の主旨に
激しく逆行する行為だよな。
俺たちはまだまだラブラブだが
他のやつだったら
ここに呼ばれただけで仲が壊れたりだって
したはずだ。
それはほぼ100%蒲生先生のせいだよね。
俺の悪い癖なんだが
上から理不尽な圧力が掛かると
黙っちゃいられない。

今回俺たちのケースに関しては
良い方に出たからお礼を言うのもいいが
それは彼女のやり方を全て肯定するのとは
違う話なのだから。






「あら。渉くん。こんにちは。」
相変わらず表情を変えない人だ。
「美月先生は元気になった?」
「ええ。まあ。たまにはああして休まないと。
良いタイミングだったんですよ。」
「………あなたの気持ちも分かるから
何も言わないけど。もう少し素直に心配して
あげてもらえないかしらね。」
何か色々とお見通しなんだろうな。
渉は鼻で笑うと話を変えた。
「今回の件では先生のお陰で丸く収まった
とこもあるんで。一応お礼を言います。」
「顔に出てるわ。」
蒲生先生は楽しそうに笑ったあと
直ぐに真顔に戻る。顎で挑発した。

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「喧嘩売るなら買うわ。」
「わりと好戦的な人なんだ。」
「あたしもね。中学の体育の先生になって
何年も経ってるから、色んな子を見てきたの。」
蒲生先生はどんどん表情を変える。
渉は少し後悔をし始める。
売る先を間違えたかも。
思わぬおつりをもらうかも。
おつりで済むのか?
「あたし、美月先生の最初の教え子なんだよ。」
「えっ?」
「あたし、あんたたちと同じ二年のときに
彼とセックス覚えてね。同じように妊娠騒ぎ
起こしたんだ。」
「ええっ?」
「彼も同級生で、美月先生の最初の教え子よ。
良い男なんだ。今でも自慢の旦那よ♪」
「結婚したんだ。」
「あたしの生理が止まったときもね、あいつが
美月先生に相談してくれたんだよ。」
「えー。ウソ。」
渉は口を突いて出た薄っぺらい反応に
自分で一番驚いた。
「あたしが怖くて誰にも言えないってウジウジ
悩んでたら、あいつから気づいてくれて。
何があったのって。でもあたし、はじめは
なかなか言えなかったんだよ。」
「はあ」
渉は知らずに済むものなら聞きたくないなと
ついこの間の騒動を思い出していた。
結果自分は美瑛にやさしくすることが
出来たから良かったが、この厄介な先生と
母親が絡まなかったら自分はどんな反応して
いたんだろう。胸を張ってしゃべれるような
ものではなかった気がする。

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「妊娠したかも、なんて面倒なこと言ったら
嫌われるかもしれない。そう思っちゃって。」
「あの時も言ってましたね。」
「そこなのよ。これ、他の男子にも
教育していきたいことなんだけど
ここで逃げずに向き合えるか。これだけで
男はとんでもなく株が上がるのよ!」
「これだけって、並大抵のことじゃないよ。」
「あぁら、今回、渉くんは株が上がったでしょ。」
「た、たしかに。」
「でも後で主人も言ってたわ。あの時、美月先生
がいなかったら俺もお前を支えきれたか
わからないって。」
「?」
「あの頃、妊娠判定薬なんて市販されていなくて
産婦人科で診てもらわないといけなかった。
美月先生は自分が産まれた病院で話をしてくれて
診療時間外で診てくれるようお願いしてくれたの。
自分も検診といって私と一緒に内診も受けて
くれたのよ。」
「内診って?なんだ?」
「膣に器具や指を挿入して触診することよ」
「そ、そんなこと?!」
「まあ、産婦人科では普通のことよ。
でもあの頃の私にはかなり負担だった。
美月先生が一緒に患者になってくれたのは
すごく心強かったの。」


「ま、うちのお袋の話はいいですよ、もう。」
渉はなんだかいてもたってもいられない感じに
なって母親の話をやめてもらった。
身内が褒められているのはすごく居心地が悪い。

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「蒲生先生は美瑛の相談内容を見て
勝手に判断して、勝手に俺を呼び出しましたよね。
これって先生もペナルティ食うくらいの
違反行為ギリギリなんじゃないですか?」
「あら。結構頭良いのね。」
「誤魔化さないでください。」
「はい、お察しの通り始末書報告書反省文
一通り書きました!」
「ってあんた」
「なんでそこまでしたかってことでしょ。
経験者だから。それにこれっぽっちで壊れる
仲ならいまから壊した方がいい。」
驚くほどの笑顔で蒲生先生は笑った。
「渉くんはまだまだ青くてツンデレザコン
だけどすごく素敵よ。美瑛ちゃんが羨ましいわ。」

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蒲生先生は渉にきゅっとハグして
保健室を後にした。
次は30分後に長内美月先生が詰めることに
なっていた。渉も逃げるように保健室を後にした。