鶴屋開店休業回転ベッド

あたしの創作世界の基盤。だけどとてつもなくフレキシブルでヨレヨレにブレてる。キャラが勝手に動くんだ♪

突然の告白

お引っ越しすることになりました。




渉の元に、浅海から
いつもとすこし違うメールが届いた。

引っ越し先の住所は彼女の勤め先
久田学園附属第二中学校の市内だった。
隣街といったところで、今までのお互いの
距離感からは、さほどの違いはない。

その書き添えられた新住所の最後に
改めて署名がある。

村雨浅海
















心臓に雷が落ちたかと思った。
息が止まるかと思った。
いや、もしかすると数分止まったかもしれない。
そのあと心臓が全力で体中に血液を激しく
送り込み始めた。ドキドキどころではなく
ダンダンとこれ以上打てないほどに脈打つ。

なんだよ、これは。

渉はメールに返信を打つ。


どういうことなんだ?!
ちゃんと説明しろよ!








すぐに返事が来た。

明日引っ越すから。
明後日以降新居に来てくれる?

明日は木曜日だ。
平日に学校を休んでまで
急いで引っ越すなんて。

村雨とは浅海の旧姓だ。

離婚、か。

あいつ、旦那とは上手くいってるって
言ってたのに。

俺のせいか。
俺はこのままでいいのか。

確かに最近、お互いのバイトが忙しくて
美瑛とはすれ違うことが多くなった。
時間がとれなくてしばらく会えなくても
あまり残念に思っていない自分がいる。
美瑛のことは好きだ。愛してる。
彼女がくれたものは計り知れない。
幼い頃からずっとそばで、暖かな気持ちを
くれていた美瑛を、愛してる、はずだ。

何だか、自分の気持ちに自信が持てない。

七年間、浅海に甘えながらも
美瑛と恋人関係を続けてきた。
浅海は美瑛を想う自分を愛していると
すべてを包むようにしてくれるのだ。
ずっと渉は二人の女を愛していたのだ。
数ヶ月前に、初めて浅海とキスをした。
あれからもキス止まりだが
渉は浅海に会うたびに犯したくなる。
浅海とずっと一緒にいたい。
そんな気持ちを鎮めるのに苦労する。


「こんなにすぐ来るなんて思わなかった。」
浅海が引っ越しをした日の翌日、渉は彼女を
訪ねた。小綺麗な2DKのアパートだった。
部屋の中はまだ段ボールが片付いていない。
慣れない空気の流れるよそよそしい感じだ。
「ご覧の通り、バツイチ女の一人暮らし。」
「俺のせいか。」
「そんなんじゃないわ。」
「本当か?」
「本当よ!」
渉は浅海の瞳に涙が溢れ出すのを
ただ見詰めていた。
「あたしたち。ずっと子どもが出来なくて。
まあ、一番の原因はそれ。あとはあたしが
アイツに従順じゃなかったのが悪いのよ。」
浅海は露骨に渉から顔を背ける。
「仕事で出張の多いアイツはあたしに仕事を
辞めて一緒に来て欲しいっていつも言ってた。
あたしはそれを断り続けたの。」
なるほど。浅海の気性からして
家庭に入るのは難しいだろう。
型破りで、何かやらかしては学校でも処分
寸前になったりするものの、浅海は学校が
生徒たちが好きなのだ。教師という仕事に
誇りを持っている。


f:id:sinobusakagami:20160308035128j:plain


「駄目になっちゃった。」

ぽろぽろと大粒の涙を流す浅海。
渉は胸が痛んだ。

「俺は、お前を慰められるのか?」

渉は浅海の髪を撫でながら
キスで涙を止めるように瞼にくちづける。
「泣きたいだけ泣いたらいいよ。側にいる。」
「わたる。わたるぅ。」
二人は抱き合って。渉の唇は浅海の瞼から唇
首筋に下がっていった。
「愛してるよ。今だけでいい。お前の悲しさを
紛らわすためだけでいいから。」


f:id:sinobusakagami:20160308035149j:plain

















渉は浅海の部屋を出た。


浅海を抱いた。
手に入れたらつまらなくなるかと思った。
それは大きな間違いだった。
愛しい。ずっと前からこうなる運命だったかの
ようで渉は目眩を覚えた。
ずっと、一緒にいたい。
浅海を、愛してる。


途端に渉にとって美瑛は憂鬱のタネとなる。
今まで唯一無二の愛しい女だったはずの
彼女が疎ましい存在に変わってしまった。
渉は申し訳なくて、美瑛が可哀想で
毎日気分が落ち込んでいた。
「渉。今、何してる?」
授業と授業の空き時間だった。
一時間半の中途半端な時間を、バイトの下調べや
予習なんかでゆるりと過ごすのだが。
こんなときは会えないが、予定の擦り合わせを
するにちょうどいい会話の時間になる。
「あたし、土曜日空いてるけど。渉は?」
「俺は夕方からバイト。」
「ランチ出来るかな。んふ。」
「分かった。朝、メール入れる。」
三日後に会う約束をした。
渉は、別れ話を切り出そうと決めた。

「あたしのことは可哀想とか思わないで」
浅海がシャワーを浴びて出てきた。
「俺じゃ駄目なの?」
渉は浅海の体からバスタオルを剥がすと
腰を抱いて乳房をやさしく揉み始めた。

f:id:sinobusakagami:20160308035218j:plain


「こうなったのは、あんたは関係ないの」
渉は浅海の唇をすぐにキスで塞いだ。
あの日から渉は毎晩浅海の部屋を訪ねている。
毎日、浅海を抱く。
「俺は美瑛とは終わりにするつもりだよ」
「こ、こんなときに、言わ、ない、で。」
渉は浅海を愛撫しながら話し続ける。
「駄目だよ。もう駄目だ。俺はお前を愛してる」
「後悔、しない、の?」
「お前は俺が嫌いか?」
「ばか!愛してるわ。あ、ああん!」
「なら黙って待ってろ!」
「わ、わたる、うん。」
「俺は、お前がいいんだ。」









「別れよう」
いつものカフェでランチを食べている。
「何が?」
美瑛は何の話か分からないようすで
パンケーキにナイフを入れる手を止めずに
小首を傾げる。

f:id:sinobusakagami:20160308035245j:plain


チャーミングだ。ナイフを動かすたびに
柔らかく胸が揺れる。
その胸に触れる資格はもう、自分にはない。
渉は白パンを千切りながら言う。
「俺たち、もう終わりにしよう。」
「なぜ、そんな、こと?」
人は本当に驚いたりショックなことがあると
表情を無くすと言うけれど、まさにそれだった。
美瑛はナイフを置いた。
「なんか、悪いことしたかな。あたし」
「いや。悪いのは俺だよ。」
「どうしてなの?」
「他に、好きな女がいる。」
渉はいろんな人に責められて殴られると思う。
それは覚悟していた。
でも、美瑛が泣くことだけは。
自分勝手な話だが、それが一番痛いことだった。

f:id:sinobusakagami:20160308035305j:plain


「いつからだったの?もう、だいぶ前から
なんじゃない?」
「え?」
美瑛が意外なことを言った。
渉は無防備に口を半開きにする。
「あたしといるときはあたしを見てくれてた。
だけど、あたしといないときはあたしを
思い出してもくれてないんだろうなって。
それでもいいと思ったの。これは小さい頃から
ずっとそう思ってたわ。渉は基本冷たい。」
渉はそんなつもりではなかったが。
「そんな冷たい渉が、たまらなく好きだった。」
美瑛は渉を振り向かせ、繋ぎ止め、常に追いかけて
手元に手繰り寄せながら幸せを感じていた。
長い間つき合っていても、自分のものになった
なんてひとつも思えなかった。
「いつだって片想いだったの。
そこがたまらなかったの。」







渉はずっと。美瑛の気持ちを受けとるだけで
自分は何一つしてやってなかったのだと
初めて分かった。
確かに、浅海を思うときの胸を掻きむしられる
ような複雑怪奇な高鳴りもなかったし
美瑛といないときに彼女を思うことは滅多に
なかっただろう。
美瑛は渉に言った。

f:id:sinobusakagami:20160308035327j:plain


「今まで、ありがとう。」
溢れそうになる涙を必死にこらえて。
笑顔で言った。