鶴屋開店休業回転ベッド

あたしの創作世界の基盤。だけどとてつもなくフレキシブルでヨレヨレにブレてる。キャラが勝手に動くんだ♪

未婚の妊婦2

浅海は念のため病院で診察を受けた。
いいって言うのに賞平も待合室までついてきた。
「賞平くんは帰ってもいいよ。」
「まあ、お腹の子に影響はないって
わかるまではいるよ。」
自分が送ってやって、車からおろしてすぐの
出来事だった。現場のすぐ側にいたのだ。
賞平には後味の悪い事件だった。
「ま、いいか。もうすぐ子どもの父親が
来るからさ。会っていく?」
「そうだよ、さっき美月、浅海のこと嫁って」
そこに産婦人科には不似合いな学生が
バタバタと騒々しく駆け込んできた。
「わ、渉?」
「賞平くん、久し振り。浅海のこと、ありがとう。」
「あさ、み?」
「賞平くん。こいつが父親。」
「え?」

賞平は驚きすぎてしまって顔色をなくしていた。
卓の反応と同じ経緯をたどっていた。
ききたいことは山ほどあるのだろうが
何からきいていいのかわからないのだ。

「引っ張り回されて、突き飛ばされたりは
したらしいけど、転倒させられたり性行為には
及んでないっていうから。多分殆ど胎児への
影響はないと思うよ。」
美月がざっと説明する。渉の顔は強張っていた。
「母さん。」
「あんたは狼狽えちゃ駄目だよ。」
「わかってる。大丈夫。」

診察室から浅海が戻ってきた。
「浅海!」
「渉ぅ!」

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ふたりはひしと抱き合い、お互いを確認し合う
ように何度も頬を寄せる。
「ごめんね渉。驚かせて。」
「何言ってんだよ。お前こそ大丈夫か?」
「赤ちゃんには異状はないって、お医者様
が。」
「よかった。」

賞平は二人から少し離れて美月に手招きした。
「美瑛は、どうしたの?」
「ん。渉から別れ話をしたみたい。
村雨さんが蒲生くんと別れて、
燃え上がっちゃったのかな。」
「大丈夫か?美瑛は渉ロスに耐えられたのか?」
昔から渉一筋の美瑛だったから、心配になる。
「あれから3ヶ月位経つけど、なんとか普段
通りに過ごしてるみたい。」
父親である忍に殴られてケジメをつけられた
話をしてやると賞平は口元を手のひらで覆い
うふふと笑いを漏らした。
「で、あいつ学生結婚?」
「そういうことになるよね。」
「何で今入籍しないんだ?」
「いや、村雨さんが離婚して半年は入籍出来ない
じゃない。それを待ってるとこなんだよ。」
「あ、そうか。」
賞平は納得したように頷く。

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「亮も驚いてたろ?あいつわりと頑固だから
渋い顔してなかったか?」
美月は一度、渉と浅海に目線をやると
あらためて賞平を見上げた。
「あの人は昭和の男で頑固なとこもあるけど
子どもはみんなで育てるものだって。
多分渉が一番苦手な、回りに頼ることを
教えないとって言ってくれたの。」
美月は亮を思ってくすぐったそうな笑顔になる。
「なるほどね。さしたる弊害はないと。」
「村雨さんのご両親も孫が出来るって今から
メロメロみたいよ。」

渉はしばらく浅海の部屋に泊まることになった。
一人にしておきたくないという。
美月はちゃんとお手伝いするんだよと
わざと小さい子に諭すようにいった。
渉以外の全員が笑った。




大事を取り一日休暇を取った浅海。
朝、学校にいくと玄関横の事務室で優子に
呼び止められた。
「浅海先生。朝一で校長室に来いってさ。」
浅海は自分の処遇がどうなるか不安だった。
自分は何も悪くはない。だが、上にどう
思われるかは別問題だ。
浅海は多少気が重いものの、自分で自分を
奮い立たせて校長室のドアをノックした。
「失礼します。村雨です。」
校長室に入ると、見覚えのある小柄で頭頂部の
輝く老人が座っていた。

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「おはようございます。お久し振りですね。
麻生です。」
久田学園の名誉理事にして現役の本校校長
麻生正親である。
「おはようございます。ご無沙汰しております。
今日は、何故、附属第二に?」
「まず、私からお話しさせていただきます。」
附属第二中の校長、松坂宗治が口を開いた。
「吉岡教諭については、昨日付けで依願退職
という形で処理してあります。」
やはりクビか。無理もないが後味の良いものでは
ないと浅海は思う。
「で、村雨先生、お体の方は大丈夫ですか?」
「ええ。お医者様にも問題はないと言われました。」
「何でも村雨先生は、本校の長内先生の
息子さんと結婚されるんだとか?」
「あ、はい。そういうことになります。」
浅海は学園内でもかなりのレアケースだろうと
思う。これを学園側はどう捉えるのか。
そこで麻生校長が代わって話し始めた。
「ウチの学校は先生方のお子さんや親戚の
子どもさんが入学するときには、かなり
学費の優待があるのはご存知ですね?」
「はい。」
「これは本校だけのシステムであり
附属にはないものですが。これは先生方の
経験値を上げる為の独自の工夫なんです。」
浅海は麻生校長の言わんとしていることを
掴みかねて、困惑の表情を見せる。
「学費の優待を受けて入学した自分の身内を
三年間担任していただきます。毎回必ず
他の親御さんから贔屓があると苦情が来ますし
クラスメートたちも常日頃見ています。
ここでどう苦情をさばくか。苦情の出ない
接し方をするか。なかなか大変なことも
多くありますが、これを乗り越えると
教師として一回りも二回りも成長するのです。」
「あの。宜しいでしょうか。」
恐縮しつつ浅海が話を一旦止める。
「それは今回の私の一件と関係するお話し
なんでしょうか?」
麻生校長は鼻の下に蓄えたひげを
もこもこと動かしながら笑った。
「あなたは美月先生と義理の親子になる。
美月先生も仰っていましたが、何かと
やりづらくはなるでしょうね。」
「美月先生から、やりづらければ伏せて
おいてもいいだろうとは言われていました。」
「私は、ここでそのやりづらさを克服する
ミッションを貴女方に命じようと思って
いるんですよ。さらなる成長のために。」
「麻生校長。もうはっきり教えてください
ませんか。もう、わたし鈍くて。」
浅海は少し恥ずかしさを覚えて顔を赤らめた。
「おやおや。これは申し訳ない。村雨先生
には、本校でお勤めいただきたいのですよ。
美月先生と一緒にね。」
他の学校ならば本当にあり得ない話だろう。
「本当ですか?」
浅海は元々自分が中高と通った本校には
愛着もあるし、知っている先生方もたくさん
いるのだ。これから臨月まで勤め上げるためにも
願ったり叶ったりの職場となるだろう。
だが、美月との親子関係はまわりにどんな影響を
及ぼすのか。見当もつかない。
「もし、村雨先生が嫌ならばこのまま
附属で働いてもらって構いません。」
「いえ!嫌だなんてとんでもないです!
本校に行かせてください。」
「じゃあ、新学期からこちらに来ていただく
ことで宜しいでしょうか?吉岡先生の抜けた
分を今度はフォローしていただかないと。」
なるほど、吉岡の抜けた穴はすぐに代わりを
入れるわけにはいかない。
「本校の体育はどうなさるんですか。」
「代わりの先生の目処がつきましてね。
高校の方の熊谷先生の奥さまです。」
麻生校長はふぉっふぉっと楽しげに笑う。
「家族経営の寺子屋みたいですな。」
色々な書類にその場でポンポンと判を押すと
麻生校長はあっさり帰って行った。

あの人と別れて、何もかもが変わっていく。
毎日目まぐるしくて忙しいけど、幸せだ。
浅海は雅也の幸せを願ってやまない。
「あなたも、うまいことやんなさいよ。」
もうメールアドレスも消した。
今どこで暮らしているかもわからない彼に
心の中でエールを送っていた。