鶴屋開店休業回転ベッド

あたしの創作世界の基盤。だけどとてつもなくフレキシブルでヨレヨレにブレてる。キャラが勝手に動くんだ♪

父として2

大学4年の娘が
男と同棲したいという。

我が家から娘の大学まで一時間弱。
都心のベッドタウンとして発展してきた
この土地ならば、この先就職してからも
家から通わせてやれる。
家から嫁がせるくらいの気持ちで
娘を育ててきたのだが。
なんのおつもりですか?
彼氏と片時も離れたくないとかいって。
そういやここんとこ娘の帰りが遅いとは
思っていたのだ。
家に帰ってくる時間がもったいない?
夜もずっと彼と一緒にいたいってか?!
ダメに決まってんだろうが!!

「同棲くらい、どんな子でもしてるよ!」

「美瑛っ!!」

もちろん美瑛も説得力のある話なんか
できやしないので、勢いで思いっきり
盾ついてくるのだが。

「男と女がひとつ屋根の下に暮らすって
どういうことかわかってるのか!
家庭を持ってお互いに自立してはじめてだな」

「古くさい!結婚するならいいってこと?
大学出たら結婚するもん!それで文句ない
でしょう?屁理屈親父っ!!」

はあ?美瑛は自分が一番の屁理屈をこねている
ことには全く気づかぬふりをしている。

「プロポーズされたのか?そっちの報告の
方が先なんじゃないのか??」

「赤ちゃんが出来たらすぐにでも一緒になるし
これでもかってくらい幸せにしてくれるって
言ってくれたもんッ!」

俺は美瑛の子どもっぷりに
こめかみが針金を通されたように
キリリキリリと痛み始めた。
瑛子は俺の肩をそっと撫でると
こめかみにふわっとくちづけてくれた。

「美瑛。落ち着きな。」

「だって、ママ!」

「主張と我儘は別物だよ。しっかりおし。」

瑛子は前もって話を聞いていて
ある程度話し方のヒントも授けてあるのだろう。
暴走し始めた娘を諌めながら
最善の方法をその都度模索することに
したらしい。

「ねえ。忍?」

「だめだ。許さない。」

「パパのけちんぼ!!」

「あーんもう!呼ぶよ雅也を!!」

雅也、だ?
確か、彼氏のことだよな?
瑛子はもう美瑛の彼氏を呼び捨てに
しちまうくらい仲がいいってことなのか?

「忍。少しは二人の話も聞いておやりよ。」













美瑛の彼氏を家に呼ぶことになる。
わかったよ。
俺がどれほど人を見る目があるか
見せてやろうじゃないか。
俺は正直、渉は美瑛とは合わないと思っていた。
いや、渉が男としてダメなやつだとか
一人の人間としてどうこうとケチをつけようと
いうわけではない。
ただ、こいつはなりふり構わず美瑛を愛して
くれるわけじゃない。そう予感しただけだ。
自分を愛してくれる女をありがたく大事にする
それはけじめをつけていたと思う。
だが、あいつから本当に美瑛を愛していたかと
言えば決してそんなことはなかったのだ。
その雅也とかいう男にもそんな様子が欠片でも
見えたら、叩き出してやるさ。
なんなら、俺の職場である実家の道場に
来てもらってもいいぜ?

「大丈夫よ?雅也さん柔道三段だし。」

美瑛は女の子だし、あまり実家の道場側には
出入りしていない。武道のなんたるかも
よく知らないし、俺がやっているのが
合気道で師範というものがなんなのかも
実はてんでわかっていないのである。
美瑛は強い彼氏が大好きで、自分の前では
無敵だと思いたいのだろう。
ちなみに俺は柔道も空手も剣道も三段だ。
それでも俺は別にそいつを叩きのめそうとか
考えているわけではない。
美瑛を粗末にすれば、俺の兄貴である
二人の道場主や隠居してなお盛んな
親父やお袋、弟子たちがただでは置かんと
わからせてやりたいのだ。
市内でも一二を争う規模の緒形道場を
丸ごと敵に回すのだ。
それを肝に銘じてほしい。
40を目前にした分別盛りの男に
襟をただすよう促したかっただけなのだ。

「パパって割と権力好きなのね?」

そういうんじゃないったら。







「俺が柔道やってたのはもう20年近く
昔の話だよ。それに真面目に鍛練していた
わけでもない。そんな俺が道場にお邪魔する
なんて、申し訳なくてできないよ。」

と、雅也は言っていたらしい。
家に呼ぶからね?来週の日曜。
やつは仕事らしいから、夜をうちで
食べたらゆっくりできるだろ?
嬉しげに瑛子が言う。

思っていた男と違うな。
最近の美瑛が変わったのは
この男に安心して甘えられているから
少し子ども帰りしているくらいに見えるのだ。
我儘を言えているのは、美瑛が自分から懸命に
アプローチして繋ぎ止める必要がないからだ。
なんだか俺は安心したと同時に寂しくなる。
娘がほかの男としあわせになっても
すぐに親子の絆が消えてなくなる訳じゃない。
わかってはいても、娘がその男の色に染められ
自分から遠くなっていくのは寂しいものだ。

「雅也はいいやつだよ?」

「瑛子がそんな風に言うとそれはそれで」

「ん。何ヤキモチなの?」

「や、違う。違うよ。」

「うそ。」

「うそ。」

俺は瑛子の肩を抱いて耳たぶを弄ぶように
キスした。

「ねぇ。忍ぅん。」

色っぽく迫る妻に、身体中で脈打つように
ズキズキと興奮した。















「はじめまして。ご挨拶遅くなりまして
申し訳ありません。蒲生雅也といいます。」

雅也は普通のサラリーマンというには
少し体格が良すぎた。
165の俺は大抵の男を見上げる小柄な男だ。
兄貴たちも180を越えるやつらなので
ガキのころからバカにされ育ってきた。
173だったという渉は気を使ってか
俺と話すときに猫背になっていた。
あいつは自分より小さかった頃を
知っているので、何だかかわいいと
可笑しくなったが
こいつはちっともかわいくない。
娘より自分と年の近い男を娘の彼氏として
認識するのは少し難しいと思った。

「君は柔道やってたんだって?」

「お恥ずかしい。大学で遊び半分でしたから
大きな声で言えたものではないですよ。」

「こんなこと聞くのはどうかと思うんだが
美瑛のどこがよくて一緒にいるんだい?
かなり年も離れてるしさ。」

「関係ないですよ。綺麗事に聞こえるかも
知れませんけど。彼女が何を言っても
何をしても、かわいいです。」

雅也は鼻の下を確実に1㎝弱は伸ばして
美瑛に目線をやる。

「同棲したいなんて言い出したのは
俺の我儘です。美瑛はそれに応えようとして
くれてるだけで。もし、お父さんに生意気な口
きいてるようなら、俺からも話しますし。」

「正直、美瑛はまだ大学生だし。同棲なんて
どうかと思う。悪いけどね。」

「そう仰るのも当然だと思いますから。
いらぬ波風立ててしまって済みませんでした。」


「もう!パパはどうして自分の意見ばっかり
通せると思ってるの?家長だから?
我が家の法律?人の話を聞けないのは
大人としてどうかと思うんだけど?」

俺と雅也が先にリビングで話をしていると
お茶を持ってきた美瑛がかなり好戦的に
理論武装して(かといって子どもの喧嘩の域を
出ないのだが)突っ込んできた。

「美瑛。俺はご両親が反対したらこの話は
無しだって言ったろ?仕方ないよ。」

美瑛は初めてみるくらいに頬っぺたを
膨らませて雅也を見上げていた。

「わかったわ。」

え?わかったの?

あっけなく同棲話は消えた。






雅也という男は不思議なやつだった。

俺が聞いてもいないのに

「俺はね。妻が他の男に恋してることにも
気づけないでいたんですよ。7年もね。」

などと自らの恥部をさらけ出す。

普通、こっちから

君は前の奥さまとはどうして別れたのかね
君は男として、なんだ、何か足らないものが
あるのではないのか?そんなやつに娘を
任せるわけにはいかんなあ。ん?

なんてネチネチ意地悪するような
ネタを自分で語るんだもん。

「そんなささくれた俺を癒してくれたのが
美瑛です。」

なんつうか、親相手にのろけんの
やめてくんねえかな。

俺は、こいつなら大丈夫だなって思った。

こいつは、何をおいても美瑛を一番に
愛してくれるだろう。