鶴屋開店休業回転ベッド

あたしの創作世界の基盤。だけどとてつもなくフレキシブルでヨレヨレにブレてる。キャラが勝手に動くんだ♪

夜のドラッグストア

美瑛はバイトからの帰り

ドラッグストアに寄り道した。

新しいリップを買おうかと思った。

淡いピンクのグロスを雅也はとても

褒めてくれたのだが、美瑛自身は

少し印象が派手になるので

普通のマットな感じのベージュ系の

リップも仕入れようと思った。

キスをすると雅也の唇にもうっすらと

色が移る。それがなんだか可愛くて

美瑛はいつも笑ってしまうのだけど。

 

 

おかしいな。

こんなこと、渉とはなかった。

外でメイクをきちんとするようになってから

渉とはあまり関係をもっていなかった

気もしてきた。そう、大学が別々になり

デートは月2回か3回。

ホテルに入っても冷静にシャワーを浴びて。

お互いの近況なんかポツポツと話しながら

ベッドに入って。やっと、キス。

雅也とはデートで顔を見た瞬間に

まず、どこか人目を盗んでキスできる

ところはないだろうかと目が泳ぐのだ。

車に乗れば即、唇を吸い合う。

ホテルに入れば、靴を脱ぐより先に

抱き合って貪るようにキスをする。

体を預けると嬉しそうに肌をまさぐる。

つき合いはじめて大分たつのに

まだ、雅也は嬉しそうに囁く。

愛してるよ。美瑛。可愛い。たまらないよ。

くそ、どうにかなりそうだよ。

お前が、好きすぎて。

思い出すと、くすぐったい。

はじめて味わう感覚だった。

 

 

そんな甘い気持ちを胸で転がしながら

ドラッグストアの自動ドアをくぐる。

そんな美瑛の目の前に飛び込んできたのは

見慣れた後ろ姿だった。

右手にはオムツのお徳用増量パックを

持っている。

少し猫背になっている。

あ。奥さんはあたしより

背が小さかったものね。

妊婦さんはヒールも履かないし。

渉は、きっとこの猫背で奥さんを

守るように見つめて寄り添うのだろう。

どうしよう。帰る?それとも

 

 

声かけちゃう?

 

 

あたしだって今、すごく幸せよなんて

アピールしちゃう?

そう、そちらの奥さまにも教えてあげて。

元旦那さまはすごくすごく私と愛し合って

幸せに暮らしているから。

心配ないわよって。

 

 

 

 

 

入り口で立ち止まる美瑛を

後から入ってきたおばさんが

邪魔にして避けて通る。

美瑛は押し出されるようによろよろと

店内に足を踏み入れた。

 

あ。オムツ持っている、ってことは。

 

「あ。美瑛。」

 

気づかれた!

何故だか美瑛はちょっぴり悔しかった。

こうなると話をしなきゃいけない。

冷静に世間話のひとつも出来ないのは

負けた感じで嫌。

でも、それだけなのも悔しい。

美瑛は渉を負かそうとしている。

こんな感覚も初めて。

 

「バイトあがり?」

 

渉はすごくナチュラルだ。

もう気まずくもわだかまりも

ないといった風である。

うわあ。負けてる。

美瑛はどうしても、正面から渉を見る

ことが出来ずにいた。

 

「もう遅いから、帰り気を付けてな。」

 

渉はにっこりしてレジへと向かっていく。

 

 

 

 

「う、生まれ、たんだ。」

美瑛はやっとのことで口から出した。

これは言わなきゃ。

あたしの最後のプライドだ。

「おめでとう。良いパパになれ。」

 

渉はなんともだらしない笑顔になり

「ありがと。女の子なんだけどさ。

すっっっっごく、かわいい。」

なんて訊いてないことをしゃべった。

 

「先、越された。」

美瑛は羨ましかった。

これは、純粋に羨ましかった。

歪んだ気持ちは不思議と湧かない。

 

「お前も、幸せそうだし。越されたとか

そういうんじゃないだろ。」

渉は。こういう男だ。

自分と人を比べない。

相手のありのままを見て、否定しない。

この男が否定したのは

あの頃の母親だけだ。

皮肉なものだが、それは愛の裏返し。

 

「頑張ってね。」

「ああ。」

 

切なかった。

渉はいい男だ。

自分がずっとこの男に抱かれていたなんて

もしかすると、夢だったのかも。

 

美瑛はコスメコーナーで

やはりグロスを手に取る。

この間はベビーピンクだった。

今日はこのジューシーオレンジにしよう。

雅也とのキスを思い出した。

美瑛はレジに向かう間に雅也に

LINEをした。

 

会いたいよ。

 

雅也からはすぐに返事が来た。

 

今どこ?迎えにいく。

 

打てば響くとはこの事だ。

 

雅也はもうアパートに帰っていたようで

店内をしばらくぶらついている間に

本当にあっという間に

美瑛の腰を抱きに来た。

内緒話をするように顔を寄せてきて

耳にキスをした。

この男はなせが違和感なくこんなことを

やってのける。近くに他の客もいるのに

そんなにジロジロ見られない。

 

二人は店を出て、車で雅也の部屋に向かう。

美瑛は、雅也の部屋にお泊まりします

と、母にLINEをした。