鶴屋開店休業回転ベッド

あたしの創作世界の基盤。だけどとてつもなくフレキシブルでヨレヨレにブレてる。キャラが勝手に動くんだ♪

未婚の妊婦

浅海はつわりも軽く、美月が車で送迎をする
こともあって本校での授業を続けていた。

「え?妊娠?村雨先生離婚したばっかだよね」
前々からソリの合わない主任だとは思って
いたが、やっぱりダメだなあと思う。
下世話な野次馬オーラを全開にして
鼻の穴を膨らませている。
雅也と離婚したときにも同じようにして
根掘り葉掘りきいてきた。
適当にあしらうが、気分が落ちるのはどうにも
出来なくて誰にも言えず一人苛立ちを抱えた。
「つわりは軽いので当面は産休を頂くまで
普通に勤務するつもりですから。」
「へえ。産むんだ。」
セクハラとかパワハラとか言う以前に
人間としてどうかと思った。
こんな無神経で女性を軽視している中年男性が
女子にも保健体育を教えているのだから
浅海は実害が起きないことを常日頃祈っている。
バカな奴になんのいわれもないのに
傷つけられる。教師と生徒という圧倒的な
上下関係にあって抗える子どもはそう多くはない。
「これから色々ご迷惑をかけますが、よろしく
お願いします。」
主任はふんと鼻で笑うと話を終わらせた。

「相変わらずだね、柳先生は。あんな人が
学年主任なんだから困っちゃうよな。」
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同僚の体育教師、吉岡達郎が浅海を気遣う。
吉岡は浅海の一年先輩だが、10年前まで本校の
中等部に勤めていたのだ。附属に赴任した頃は
何かと浅海がフォローしていたのもあり
困っていると公私こだわらずに助けてくれる。
「もう、いやんなっちゃいますよ。
産むんだ?だって。もう慣れましたけどね。」
吉岡は笑いながらどぎついことを言う。
「柳先生は、浅海先生を摘まみ食い
出来ると思ってたみたいだけど?」
「はあ?バカ言わないで!!」
浅海は全身に鳥肌が立った。
「強姦するような勇気はないけど、浅海先生を
物欲しそうに見てるのは確かだよ。」
当然柳先生は妻子ある身なのだが。
そんなことは関係なく、生理的に受け付けない
と思う浅海だった。



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午後に本校に行くと、昼休みに生徒とサッカー
をしている賞平を見かけた。
「賞平くーん!」
浅海が声をかけると賞平が何故か助かった!と
叫んだ。何だろうと見ていると職員玄関から
小走りに走ってくる美月が。
「美月!早く代われ!身体が持たん!」
よく見ると賞平が一緒にサッカーをしている
生徒たちは中学生だ。
どうやら美月の代わりに昼休みサッカーに
つき合っていたのだろう。
かなりガチなタックルを何人もの生徒から
仕掛けられている。賞平はガッチリした体格
なので倒されることはないが、繰り返し攻め
られてけっこうグロッキーだ。
「ほら!お前ら!美月帰ってきたぞ!」
「ちぇー。坂元先生とは良い勝負で面白い
のになあ!」
子どもたちの言う通り、美月に代わったとたん
タックルを決められる子は誰もいなくなった。

「お疲れさま。」
浅海は持っていたタオルを賞平に差し出す。
「浅海。サンキュー。」
息が上がっているものの肩を動かすでもなく
しばらくすると普通の表情に戻った賞平。
「賞平くんもまだまだ若いじゃない。」
「もう52だぞ。勘弁してもらいたいよ。」
賞平は一頻り顔や首筋の汗を拭うとタオルを
浅海に返した。
「おめでとう。」
「え?」
「おめでた、だろう?美月に聞いたよ。」
「ん。ありがとう。」
浅海は美月がどこまで話しているのか
自分達が義理の親子になることを学校内で
どこまで開示するつもりなのかわからず
とりあえずありがとうとしか言えなかった。
「蒲生とは、出来なかったの?作らなかった?」
「欲しかったけど出来なかったの。中学生で
妊娠したかもなんて散々騒がせておいて。
欲しい時にはさっぱりだったのよ。」
「でも、良かったじゃないか。相手のことは
知らないけど、結婚するんだろ?」
「美月先生に聞いたの?」
「まあな。」
賞平は、浅海が倒れた日から
ずっと気にかけていたのだ。
美月に話を振ると、のらりくらりと
かわされるのである。
美月は何か知っていると賞平は確信した。
それからというもの、賞平は事あるごとに
美月を問い詰めた。
そしてついこの間、やっと美月が口を割った。
浅海が妊娠したこと、相手も妊娠を
喜んでいて結婚の意志もあることを教えて
くれたのであった。
「心配してくれたの?」
「当たり前だろ。」
賞平は照れ臭そうにしながらそっぽを向く。
「相手は、どんな奴なんだ?どこで知り合った?」
浅海は笑う。
「知り合ったのは七年前よ。片想いがやっと
実ったの。」
賞平はあの会話を思い出す。
「……そうか。幸せになれよな。」
「ありがとう。」
「て、ことは。だいぶ年下なのか?」
「ん。一回りとちょっと。」
「え!」
賞平は絶句した。
「あたし、着替えるから。またね。」
賞平が口をパクパクさせている間に
浅海は更衣室に入っていった。

六時間目が終わると、いつものように
報告書を書き、主任に提出する。
「あら?山本先生は。」
学年の教師が詰めるミーティング室には
いつもいるはずの山本先生がいない。
「村雨さん。山本先生なら部活行っちゃったから
預かるよ。お疲れさん!」
美月はいつも理科準備室にいるのだが
珍しくミーティング室で仕事をしていた。
「中間の結果をまとめててね。あっちに持って
行けないから今日はこっちに詰めてるんだ。」
「美月先生。賞平くんがおめでとうって
言ってくれましたよ。」
「ん。もうあいつ心配しててさ。黙ってるわけに
いかなくて、ちょっとしゃべった。」
「渉さんのことは、伏せときます?」
「入籍したら、言おうと思うんだけど。ど?」
「私もけさ、妊娠の報告まではしたんです。
柳さんには産むんだ?なんていわれて。」
「あいつ相変わらずだね。」
「美月先生、知ってるんですか?」
「あたしが高1の時までこっちで体育やってた
からさ。嫌味なやつだったよ。」
「なんか、あの人私のこと狙ってたみたいで。
気持ち悪いでしょ。」
「え?あいつ奥さんも子どももいるけど
ホモなんだよ?」
「えっ!?」
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浅海は本当に驚いた。
今朝の吉岡の顔が思い出された。
吉岡先生の見立てが外れたってこと?
それとも。
「渉のことは隠すことじゃないけど、あたしと
親子になるってのはやりずらいかな。
名字だけでピンと来るまでの人はいないけど
訊かれない限りは黙ってた方がいいかも。」
美月はウインクする。
「じゃあ、私そろそろ失礼しますね。」
「気をつけてね。」

浅海が玄関から出ると駐車場の方へ歩いていく
賞平が見えた。
「賞平くん!もう帰るの?」
「おう。今日は早上がりだ。」
「あ!」
「どうした?」
「コート忘れてきちゃった!」
「あはは。ドジだね。日中は暖かいもんな。」
浅海は地団駄を踏まんばかりに悔しがっている。
「ああ!なんてバカなのあたし!」
「更衣室までの往復がそんなに辛いか?」
賞平が少し心配そうにしているので
浅海は居心地悪そうにモジモジしながら
白状した。
「直帰出来るのに、第二中のあたしのロッカー
に忘れてきちゃったのよ。」

「いいの?今日は何か用事があるんじゃない
?」
結局賞平が車で浅海を送ってくれることに
なった。

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「お前んちどっちだ?」
「本町のスクランブル交差点あるでしょ。
右に入って二本目の細い道入ったとこなの。」
「へえ。通り道だから乗っけてってやるよ。
早くコート取っておいで。」
「本当に?助かるなあ、ありがと。」
賞平は来客用の駐車場に車を入れると
浅海をおろした。
「じゃ、ちょっと待っててね。」
「急がなくていいからな。」
浅海は可愛らしい小さめのお尻を綺麗に振り
ながら、背筋を見事に伸ばして歩いていく。
さすが体育教師だなと、後ろ姿に見とれた。
若いつばめを捕まえて、中々やり手だよ。

浅海は更衣室のロッカーからコートを取り出し
玄関に取って返す。
「あれ?浅海先生。直帰じゃなかったんですか。」
吉岡だ。浅海は何故だか胸騒ぎを覚える。
「コート、忘れてしまって。」
「そうだ。浅海先生に話しておかないと
いけないことがあったんですよ。」
吉岡は浅海の腕をつかんで強く引っ張る。
「やめてください!話ならここで」
「あんまり人には聞かれたくないんだよ。」
浅海は吉岡に引っ張られて階段下の掃除用具
倉庫に入れられた。
「何のつもりなのよ!やめて!」
倉庫は大人が二人、身体を寄せあってギリギリ
収まる大きさだ。いつもより予備のモップや
デッキブラシの数が少なくなっているのに
気づいた浅海が左右を見回す。
「ね。ちょうど良いスペースだろ?中のものは
俺が整理しておいたからね。」
「やめてっ!」
「ここには明日の朝自習の時間にでもご招待
しようと思ってたのに。放課後帰ってきて
くれるなんてね。」

「急がなくて良いとは言ったけど、遅いよな。」
その頃、賞平は待ちきれず浅海が入っていった
職員用の玄関を覗いていた。
「あれ?賞平くん!」
そこには一昨年まで本校で事務をしていた
優子がいた。
「優子じゃん!元気だった?」
「賞平くんがこっちくんの珍しいね!」
「いやさ、浅海を送ってくんで待ってんだけど
コート取ってくるってなかなか戻ってこないんだよな。また、具合悪くなってないかと思って
様子見に来たんだ。」
「あー。浅海先生ね。確かに更衣室に行った。
戻ってきてないなあ。」
賞平は迷わずスリッパを引っ張り出すと中に入る。
「更衣室ってどっち?」
「こっち!ついてきて!」
賞平は道案内を得て急ぐ。
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優子が女子更衣室も覗いてくれた。
「いないよ!」
内線で職員室や準備室、詰めそうなところも
当たってくれたがいずれも空振り。
「浅海ーッ!!」
賞平が大声で叫んだその時だ。
ーガシャンッ!!
大きな音だ。
「賞平くん!こっち!多分階段下の倉庫!」
賞平と優子が駆けつけると、扉が半開きに
なっている。蝶番が一つ弾け飛んでいる。
ーバキンッ!
また大きな音と共に今度は扉が完全に吹っ飛ぶ。
ブラウスのボタンが三つほど千切られ
左肩が露になった浅海が、吉岡の胸ぐらを
締め上げている。
「女舐めんな!コラアッ!」
仕上げに金的を食らわす。
「うがあっ!」
「浅海!おい!もう大丈夫だから!」
「きゃー!吉岡先生!顔色が変ですよこれ!」
浅海が容赦なく襟を締め上げているので
真っ赤な顔に泡を吹き始めている。
浅海は忌々しそうに舌打ちをして
放り出すように吉岡の締めを外した。
吉岡はその場に倒れこんで気を失った。
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「浅海!お前、身体は平気か?お腹はっ?!」
「大丈夫。肌には触れさせなかったし
ボタン引きちぎられただけ。もうカッとして。」
賞平が廊下に落ちていた浅海のコートを着せて
やると、浅海は急に正気に帰ったように
賞平にすがる。
「かなり締め上げちゃったけど、脳に障害が
残ったりしないよね?どうしよう、訴訟問題に
なったりしたら。」
「落ち着け、浅海。平気だよ。
心肺停止したわけじゃないし。」
「警察、呼びます?」
優子が恐る恐る覗きこんでいる。


とんだ騒ぎになった。
美月が連絡を受けて飛んできた。
「村雨さん!」
「美月先生!」
浅海は美月に抱きついて泣き出した。
賞平は自分に対する態度と違うことに違和感を
覚えたものの黙っておくことにした。
「あたしがぶん殴ってやる!」
「大丈夫です!あたしが襟締め上げて
落としましたから!」
「よしっ!さすがウチの嫁だっ!」
はじめ、賞平はさらりと聞き逃したのだが
抱き合う二人を二度見したのは賞平だけだった。