鶴屋開店休業回転ベッド

あたしの創作世界の基盤。だけどとてつもなくフレキシブルでヨレヨレにブレてる。キャラが勝手に動くんだ♪

加奈子とバカ一郎2

道場にはゴツい坊さんが数人いた。
すごい荒ぶった雰囲気で
今にも暴れだしそうな顔をした人もいたが
誠一郎の父が道場に足を踏み入れた瞬間、
気配がすっと入れ替わった。
静かな表情になった坊さんたちは
動きを揃えて誠一郎の父に挨拶をする。
「荘玄様!」
「よろしくお願い致します!」
「いや、私から!」
稽古をつけてもらおうと群がるゴツい坊さん。
すると、その中の一人が早回しの映像を
見せられているように宙を一回転して倒れた。
「うあっはははは!油断大敵じゃぞ!」
「やりましたな、荘玄様!」
なんか、礼に始まり礼に終わる、を毎日
当然のようにして柔道をしている加奈子は
楽しげな目の前の坊主たちに笑ってしまった。
子どもが休み時間に遊んでいるようだ。
「俺も俺もー!」
子どもがもう一人いた。
「お?誠一郎帰っとったんか!」
「柔道ばかりしとって飽きたやろう!」
六人のゴツいおっさんどもが
くんずほぐれつ
暴れ始めたのを加奈子は道場の端に座って
見ていた。誠一郎を目で追う。
この坊主どもかなりの使い手で
誠一郎はくるくる投げ飛ばされ
棒に蹴散らされていた。
「くそう!俺も棒使うもんね!」
誠一郎は隣の坊主から六尺棒
奪い取るや俊敏な動きでゴツい坊主どもに
切り込んでいく。

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「うわ!バカが棒持ったぞ!」
「バカすぎて動きが読めん!」
誠一郎は生まれ育った寺の道場でも
バカ呼ばわりされていたのだ。
でも。棒を持った誠一郎の動きは
見ていてうっとりしてしまった。
カッコいい!
さすがあたしのバカ一郎だ。
「ほんとに誠一郎に惚れとるんじゃな」
いつの間にか加奈子の横に誠一郎の父が
座っていた。ニヤニヤして加奈子を見ている。
加奈子はにぱっと笑うと開き直った。
「誠一郎さんは暴れてるときが
一番カッコ良くて素敵です。
さすがあたしの見込んだ男。」
隣で大笑いする父。
「よっしゃ、それじゃあわしがそのカッコいい
息子をけちょんけちょんにして負かして
お嬢さんに幻滅させてやろうかね。」



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誠一郎と父の対決はなにも持たず行われた。
柔道?と思っていたら空手の形がでたり
カンフーめいた動きがでたりして
メチャクチャだったので加奈子は笑ってしまった。
見ているとその混じりあったすべての武道で
かなりの使い手であることがわかる。
誠一郎も父もほぼ互角なのだろう。
繰り出す技が同じくらいに当たり
弾き返されてまた繰り出す。
その均衡を破ったのは父の方だった。
誠一郎の技をいなして畳に転がす。
すかさず拳で顔を突く。
首を締める態勢に入った父に
誠一郎が必死に叫んだ。
「参った。」
「このわしに敵うと思ったかよ。」
互角だと思っていたのは加奈子だけで
父が誠一郎に合わせて技を出していただけだった。
「畜生!」
誠一郎は肩で息をしながら加奈子の隣に座る。
「カッコいいとこ見せたかったのに。
ふがいなくてごめん。」
加奈子はすこし甘えて誠一郎の肩に頬を寄せた。
「誠一郎、棒好きなんだね。知らなかった。」
「俺、ここにいた頃は柔道なんてやったこと
なかったんだよな。」
え?
「大学のコースでたまたま柔道を選択した
だけだったから。でも柔道も楽しいよ。」
誠一郎はしれっと言ってのけるが
加奈子は誠一郎の実力を嫌というほど知って
いるので驚いた。幼い頃から必死にトレーニング
を重ねて挫けそうになりながら柔道を続けても
誠一郎のレベルまで達する人はまれなのだ。
「加奈子もなんかやるか?」
誠一郎は加奈子の手を柔らかく取って
立ち上がらせてくれた。

誠一郎は棒術のことや、他の武道のことを
やさしく熱く教えてくれた。
「誠一郎!それがお前の嫁か?」
ゴツい坊主どもに口々にからかわれたが
誠一郎は加奈子を自分の後ろに隠すように
坊主どもから隔てた。
「まだ高校生だけどね。いい女だよ。」
鮮やかに笑う。加奈子は真っ赤になって照れた。
んー!なるほど、かわいいのう!
坊主どもに遊ばれ、その後棒の相手もしてもらい
大いに充実した時を過ごしたのであった。

食事の係は意外にも父、荘玄であった。
加奈子は台所で手伝う。
「加奈子ちゃん。マジであれがいいのかい。
わしも独身だから乗り換えんか?」
誠一郎が生まれてまもなく、母はなくなった
らしい。ほとんど父一人に育てられた。
「男親だけだったから、はじめは他人への
力加減を知らなくてな。随分謝りに回ったよ」
かなりの暴れん坊だったもよう。
「お義父さま。私、大好きですよ。
ここも、誠一郎さんも。お義父さまも。」
加奈子はガツンと一発、自分は誠一郎の嫁
としてこれ以上はない女だと伝えて安心して
ほしかったのだ。
「加奈子ちゃん。」
荘玄はキャベツを刻み終えた加奈子を
後ろから抱きすくめる。
「ありがとうよ。わしも加奈子ちゃん大好き。」
すると居間からドタドタと足音が響き
珠暖簾をじゃらっと散らして誠一郎が
入ってきた。
「何やってんだ親父!加奈子から離れろ!」
「お前、超能力でもあんのか?」
荘玄はあっけにとられ、加奈子はくすぐった
そうに笑っていた。


大晦日は一応寺の正月装備を手伝い
軽いお節の準備を午後から始めた。
やはり台所では荘玄と加奈子。
「誠一郎は台所仕事全部駄目なんじゃ。
居るだけで、次の正月まで準備が整わなく
なっちまわあ。」
なんかわかる気がする加奈子。
「家事ができない旦那でいいのかい?
オールマイティなわしと幸せな家庭を
築かねえか?」
「誠一郎さんと、お義父さまと、私で
幸せな家庭を築くんじゃないの?」
また荘玄が加奈子を後ろから抱きすくめる。
誠一郎が珠暖簾をじゃらつかせて飛んできた。


加奈子は誠一郎の部屋で二人
除夜の鐘をきいていた。
「加奈子。明けましておめでとう。
今年もよろしくな。」
加奈子は誠一郎に抱きついた。
「誠一郎。明けましておめでとう。
今年も、ううん、ずっと。よろしく。」
誠一郎は加奈子の頬を両の手のひらで
やさしく包むと大事にキスした。
「さっそく姫はじめ。」
「ひめ、はじめ?」
誠一郎は言葉ではなく態度で示した。



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「加奈子。お年玉。」
夜通し始めっぱなしだったふたり。
うとうとし始めた加奈子の頬に
誠一郎が玉をぽてっとのせると言った。




「正月そうそう喧嘩かい?」
荘玄は若い二人の姿を見て軽く言葉を失う。
「明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします!」
加奈子は普通に新年の挨拶をした。
「親父。今年もよろしくな。」
誠一郎の顔には殴られたアザと腫れが
残っている。

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「早くも尻に敷かれてるのかい?」
「違うよ。確かに俺の悪ふざけが過ぎた。」
男同士、目で頷きあう。
二人とも思うところあった模様。
「お餅いくつ焼きますか~?」
加奈子はまあまあのご機嫌だった。