鶴屋開店休業回転ベッド

あたしの創作世界の基盤。だけどとてつもなくフレキシブルでヨレヨレにブレてる。キャラが勝手に動くんだ♪

俺とおまえ2

行ってらっしゃいのキス。



新婚の頃は
玄関で朝っぱらからディープキスをして
美月の瞳が濡れているのを
ゆっくり覗き込んで
堪らない気持ちになって
でも会社に行かなきゃなんなくて
あううう!行ってらっしゃいのキスを
あと一時間早くすれば
こんなとき即押し倒せるのに!
なんてよくわかんないこと思いながら
身悶えしつつ出社したものだ。


ていうか、頬っぺたにチューさえ
今の俺には夢物語ではないか?


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バッカじゃないの?」
あ。やっぱりな反応。
いいじゃんいいじゃん!
俺、美月にチュッてしてもらえたら
その日一日、仕事張り切っちゃうなあ~♪
「なにもしなくても張り切りなさいよ
仕事なんだから。」
妙に冷静に突っ込む美月。冷たい。
この交渉は一回御破算だ。

俺は管理職になってから
出社が一時間ほど早くなった。
今までは美月の出掛ける時間と
さほど変わらなかったが
もう俺の方がかなり早く家を出る。
美月はそれに合わせて俺を起こし
弁当を持たせてくれる。
ちゃんと毎朝玄関先で見送ってもくれる。
冷静になるとかなり恵まれてる方だ。
中には旦那送り出すのも布団の中から
出すのは手だけ。なんて奥方もいるのだから
文句をいったらバチが当たる。
だけどね。
したいなあ。
行ってらっしゃいのキス(笑)

まあ、だいぶでかくなったとはいえ
うちには息子が二人いる。
白昼堂々パブリックスペースで
キスをするとなると
やつらに見られないようにするのが
大前提となるのだ。
俺は構いやしねえんだが
美月の方がこれまた異常なほど嫌がる。
俺がふざけてソファで美月に寄り掛かると
二人きりならなんてことないのに
息子がいると蹴り飛ばされてしまう。

「悪癖だね。元々日本人には人前で
キスをしたりする風習はなかった。」
美月は俺が行ってらっしゃいのキスを
ねだったりしたことに
まだ呆れ返り文句が尽きない様子だ。
俺はなんだか全否定された気分になり
モヤモヤとした胸を抱えて
リビングに転がっていた。
しばらくすると美月がベランダで
洗濯物を取り込んでいる気配がした。

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「洗濯物畳むんだから退いてくんない?」
あ。やっぱり?
ゆっくり拗ねてもいらんないな。
美月が畳み始めた洗濯物の山を
ぼんやり眺めていると
山の裾野にパンツがあった。
なかなかにしっかりした大きさの
婦人物の。あれは昔、ズロースなんて
呼ばれていなかっただろうか。
そうだよな。美月はおばさんだし
俺はおじさんなんだ。
現実を見せつけられたようで
ちょっと気が滅入った。
行ってらっしゃいのキスをなんて
浮かれたこと言ってる場合じゃないのかな。


月曜の朝は体が怠けたくてちょっぴり重い。
昨晩も夫婦で枕を並べてまっすぐ眠りに就いた。
イチャイチャ、なし(笑)
朝寝坊を楽しんだ俺は直ぐには眠れなくて
隣に眠る妻のことを見ていた。
可愛い寝顔。健やかな寝息。
まあ、しあわせだ。
妻を愛している。
でも俺の中のオトコがちょっとばかり
暴れて抗議してくるんだよな。
そこは折り合いをつけて
俺は眠る美月の頬っぺたに軽くキスした。
愛してるよ。
俺の、美月。

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じゃ、行ってくるよ。
コートを羽織ると、美月がハンカチをくれる。
昨日アイロンかけてたやつだな。
美月はキョロキョロと左右、後ろと
首を伸ばしつつ窺う仕草をする。
何探してんだろう?
玄関で靴を履く俺の肩に手を置く。
「行ってらっしゃい。」
美月のくちびるが俺の頬にすばやく触れた。
一瞬何が起きたか分からなかった。
ポカンとしている俺に美月は言う。
「月曜日は特別ね。」

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俺は駅までの道程、電車の中、駅から会社まで
どんなにだらしない顔していたかわからない。
自分でも口の端がニヤニヤして閉じてないのが
分かるくらい、顔は崩れていたと思う。
仕事は確かに張り切って捗ったが
いつもよりチョンボもやらかしてしまった。
「課長。何かあったんですか?」
部下から心配されたが
まさか女房に行ってらっしゃいのキスを
おねだりして、してもらえりゃ舞い上がって
うっかりミスを連発したなんて
口が避けても言えないよ。