鶴屋開店休業回転ベッド

あたしの創作世界の基盤。だけどとてつもなくフレキシブルでヨレヨレにブレてる。キャラが勝手に動くんだ♪

加奈子とバカ一郎

「牧瀬!ちょっと来い!」
熊谷コーチが加奈子を伴って柔道場を出る。
熊谷コーチはにかっと笑うと
加奈子の耳に近づいた。
「来週の日曜、おまえんとこご挨拶行っても
いいか?都合聞いといて。」
「わかった。でもいいの?また大学の四年間
嫁らしいことなんかしてやんないよ?」
「柔道やってるお前を嫁に出来るなんて
こんな幸せはないよ。」
「まあ、ならいいけど。でも大学出て
あたしが柔道引退したら詰まんなくなっちゃう
んじゃないの?オリンピック目指そうとか
思ってないし。」
「そうしたら今度は日々の練習に支障が出ない
ように押さえてたアッチを全開にしてだな
子作りに励めるじゃねえかよ!うふふ」
熊谷コーチはきょろきょろと回りを見回し
誰もいないのを確認すると加奈子の耳にキスした。


コーチが加奈子に告白をしたのは
加奈子が高校に上がった年だった。
中等部でも柔道部に所属していた加奈子は
このコーチともことあるごとに指導を受けたり
交流があった。
馴染みのコーチは高等部でも自分につきっきりで
教えてくれていた。

柔道と俺と。どっちが好き?

俺と結婚しろよ。

12歳上の指導者が16歳の女子生徒に言う
台詞としては甚だ相応しくないものだが
彼はどうやら本気らしかったのだ。

加奈子は一年でインターハイ出場、
準々決勝まで行った。
準決勝で負けたとき、泣きじゃくる加奈子を
抱き締めてコーチは言った。
「柔道より、俺を好きになってくれ。」
加奈子はコーチが何を言わんとしているのか
掴みきれずただ泣き腫らした目で彼を見上げた。
「負けて悔しくても、同じぐらい悔しい
思いをしてる俺のために、次は勝て。」
「何いってんだよ、バカ一郎は。」
加奈子はコーチの言いたいことがよくわかった
ものの、なんか俺のためにの件が笑えてしまい
真面目に受け取りきれなかった。
「よく頑張ったな。偉かったぞ。加奈子。」
「うん。バカ一郎のために、頑張った。」


加奈子は二年生では足を痛めて
インターハイ出場を辞退した。
悔しかったが治療に専念しろとコーチに
言われたのだ。
右足は思った以上に悪く、通院治療には数ヵ月
という長期間を要した。手術まで行かなかったのは
幸いだったが、長いこと柔道から遠ざかること
となった加奈子はイライラを募らせた。
「くっそー!受け身でいいから取りてぇ!」
松葉杖をついて加奈子は柔道場の回りを
うろうろと移動。がーっと爆発しては
反対方向へと移動。
「もう!加奈子は見学も禁止っ!」
とうとう柔道場から追い出されてしまう。
休憩時間にコーチが探しに来る。
「お前はまだ学校にいたのか。」
「わかってるよ。もう帰る。」
「イライラしても治んねえぞ。」
「わかってるよ。」
「愛してるから。」
「わかっ…おい!何いってんだバカ一郎!」
「お前のそんなささくれたとこ、見たくねえ。」
「悪かったよ。でもムラムラしてしかたねえ。」
「俺とセックスで昇華するか?」

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加奈子は松葉杖でバカ一郎の頬っぺたを
グリグリにつつき回した。
「普通そういうのは性欲をスポーツで
発散させろとか言うんだろう?いい大人が
訳のわかんないいい間違えすんじゃないよ。」
「いや、俺は真面目にお誘いしたんだぜ?」
加奈子はまた松葉杖でバカ一郎の頭を小突いた。
こりゃ便利だな、と思わなくもなかったが
松葉杖とは早くおさらばしたかった。

松葉杖が取れ、そこそこ体を動かせるようになると
加奈子はまた練習のメニューを増やしたがる。
「だめっ!まだ右足は本調子じゃねえだろ!」
「大丈夫だって!もう体がなまって仕方が
ねえんだよ。な、いいだろ、バカ一郎ぅん。」
「くそう。かわいい声出したってだめっ!」
加奈子が軽い練習メニューを黙々とこなしていると
またコーチが後ろから耳元で囁いた。
「なあ。全身運動のいい練習メニューがあるぜ。」
「え?本当に?どんなの?」
「寝技の特訓だ!」
加奈子の顔が中心に向けてひきつるように
歪んだ。そのまま右手が動いてバカ一郎に
グーで殴りかかる。
「生意気に避けてんじゃねえよ!」
「お前の方が何か誤解をしていないか?
俺はコーチとして、お前が苦手とする
寝技の特訓をしてやると、こう言っている。」




加奈子は、彼の肩越しに
彼の部屋の蛍光灯の灯りを見上げていた。
んもう。まったく。
そういや、あたしが右足痛めたばかりの時から
やりたそーなオーラ出していたっけ。
誠一郎は嬉しそうに加奈子を押し倒して
やさしく服を脱がせていった。

「あたしが弱ってる間に襲いたかったのか」
加奈子が悪態をつくと、その唇に誠一郎が
すかさずキスして言った。
「お前の処女喪失が練習に障らないからな。」
加奈子は少し驚いて黙って誠一郎の目を見る。
「痛かったろ?」
「うん。今だって痛いよ。なんか、ずっと
違和感が残ってる。」
「ごめんな。これが大会に向けて毎日ベストな
コンディションで練習しなきゃいけない時なら
こんなことできなかったよ。」
「ちょうどよかったんだ。」
「違うよ。そんなんじゃないけどさ。俺の
気持ちもわかってくれよ。」
「あたしが柔道したくて、でも我慢しなくちゃ
なんなくて、こんなに辛い数ヵ月間をどんな
気持ちで過ごしてると思ってんのさ!」
「ごめんって。加奈子。」
誠一郎は加奈子の唇から身体中にキスをした。
加奈子は悔しかった。
柔道ができない悔しい気持ちが
溶けていったからだった。
これが体で丸め込まれちゃうってやつか。
自分がこんな風になるなんて思ってもみなかった。
悔しい。もしかすると自分はもう
柔道より、誠一郎の方が好きになって
しまったのかもしれない。


加奈子の右足が完治して。
動きも以前と変わらずに復調した頃。
誠一郎がしれっと提案した。
「冬休みさ、俺の実家で合宿しねえか?」
「え?実家だぁ?」
加奈子の頭の中には結婚の許しをもらう
ドラマの一場面が浮かび、あまりの緊張感に
胃がキリキリしてきた。
「加奈子。なんか勘違いしてないか。」
誠一郎はニヤニヤしながら加奈子の肩を抱く。
「実家は寺なんだがな。道場もやってる。
ゴツい坊さんが棒術とか練習しに来て
楽しいぜえ。」
「確かに楽しそうだ。でも、柔道は?」
「俺が先生。」
「生徒は?」
「加奈子。」
二人きりか。
「寝泊まりはどこを使うの?」
「実家の俺の部屋。」
それにしても、正月休みにお寺さんが
呑気に道場なんかやってるか?
「というか、暴れたいやつが勝手に来るんだ。
俺なんか上京してから柔道しかやってない
けど、実家に戻るといろいろで楽しいぜえ。」
なんか、わやくちゃなんだな。想像できる。
大学で柔道をやってた誠一郎は、さすがに
正統派の技を指導するけど、多分他の武道も
大好きだ。そしてある程度の使い手だろう。
加奈子はなんだか胸がきゅんとした。
誠一郎のカッコいいとこみたい。
きっと素敵だ。
「加奈子?」
「え、ああ。いいよ。やろ。合宿。」

誠一郎の実家の寺は山の上にあった。
「疲れたろ?今日はゆっくりしよう。」
駅から歩きづくめで二時間。山道を登った。
誠一郎の部屋だと通された部屋は
何も置いていない座敷の十畳間だった。
「仏間の間違いではないのか?」
「まあ、寺の間取りなんてこんなんだよ」
その時、中庭に面した廊下の板畳がどしぎし
と鳴って咆哮が轟いた。
「誠一郎が嫁をつれて帰ってきたっちゃあ
本当かーッ?!ごらーぁッ?!」

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襖が開いたかと思うと誠一郎の鼻っ面目掛けて
六尺棒が飛んできた。
誠一郎はいとも簡単にそれを避けると
間合いを詰めて思いきり怒鳴った。
「久し振りに実家に戻ってきた息子に
随分と熱烈な歓迎振りで嬉しいじゃねえか!」
え!これ、お父さんか!
「は、初めましてっ!牧瀬加奈子といいます!
誠一郎さんには柔道部でコーチをしてもらって
いまして、大変お世話になっております!」
誠一郎も、お父さんも毒気を抜かれたように
静まり返り加奈子を見た。
誠一郎はニヤリと悪い顔をすると言った。
「加奈子。お前、俺の嫁になる気満々だな。」
加奈子は思わずグーで誠一郎の頭を小突いた。
「あたしだって緊張してんだよ!
茶化すんじゃねえや!バカ一郎ッ!」
はっと気づいて誠一郎の襟を掴んだ手を
引っ込めてみたが、時すでに遅し。
「お嬢さん。あんたが、誠一郎の。」
「え、あ、はい。一応そのようには。」
「いいのかね。こんな男で。三度の飯より
暴れるのが好きな男だぜ。」
「え、は、ええ。」
「実家もこんな山奥の暴れん坊の集まる寺。」
お父さんがそういうと、道場のある方を指差す。
「さて。一暴れしてくるか。お嬢さんも
どうかね。一緒に。ほほほほほ。」
加奈子は反射的に姿勢をただした。
「お供します!」
となりで誠一郎がやれやれと言った顔で
苦笑いしていた。