鶴屋開店休業回転ベッド

あたしの創作世界の基盤。だけどとてつもなくフレキシブルでヨレヨレにブレてる。キャラが勝手に動くんだ♪

不器用な男

生理が依然として遅れている美瑛は
不安な日々を送りながらも
ひとつ、胸のつかえが取れたのを感じていた。

「ひとりで悩んでたんだな。ごめんよ。」
もう渉はとことんやさしかった。
「出来てたとしたら、瑛子さんや忍さんに
二人で相談して、謝ろう。お前はひとつも
悪くない。だらしなかった俺が全部悪かったんだ。」
ここらへんはもちろん盛り気味になっている。
でもルーズだったことは認めて、謝罪すべきは
潔く非を認めることにしようと渉は決意していた。
美瑛を傷つけて苦しめてたというのが
一番謝るべきことだ。
渉はあれから、21になった現在まで
美瑛にはとことん優しくしてきた。
でも美瑛は我儘になることなく
かわらずに渉に尽くしてくれる。
あの時、二人があんなことでギクシャクして
別れたりしなかったのは
確実に美月とあの蒲生先生のお陰である。

「お前はもっと自分の母親にやさしくしても
バチあたんねえと思うけど。」
卓は口の端を上げて笑いながらウインクした。




美瑛の生理が遅れて三週間目。
美月のアドバイスで妊娠判定薬を使用する
ことになった。
この時点で美月から母親である瑛子に
経緯を話すこととなり、渉は口から心臓が
飛び出すかと思うほど緊張した。


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「そうだったの」
瑛子はため息をつくと、自分の隣に座る
美瑛の方を向いた。
「あんたはどうなんだい?誘うだけ
誘って抱いてもらって。あんたはどう避妊した?」
美月も渉も目が点になる。
「え、瑛子?美瑛はさ」
「あたしは情けないよ。愛してる男に余計な
心配させて。こんなのただのメンヘラ女さ。」
「や、瑛子さん!俺がだらしなかったから!」
「どうせセックスに誘ったのはうちの娘だろ?
ならコンドーム、口で着けたげるくらいは
サービスしたらいいじゃないのさ!
バカだねえ。浅い!エッチに余裕がないから
こういうことになんだよ!」
美月はテーブルの上を前回りしそうに
なりながら必死に切り込んだ。
「ま、それは追々ってことで。瑛子、まずさ
妊娠判定薬を使ってみようと思うんだよ。」
瑛子はまだまだ言いたいことがあるようだが
正面に向き直ると小首を傾げる。
「あん?まだ、できた訳じゃないのかい?」
母は、なんだか強い。

妊娠判定薬では、陰性だった。
若い二人は抱き合う勢いで喜んでいたが
母二人は生理が始まるまでは、と
苦い表情をする。
まだ美瑛は幼い。生理周期は不安定だ。

「え?忍に話すって?」
父親である忍は実家の道場で働いている。

師匠である母の楓ちゃんと二人、合気道の師範代。
お弟子さんも増えた。
そんな忍の弟子第一号が美月だ。
元々友達なのもあり、堅苦しい仲ではないが
一応師弟関係にある。

父親にこんなことを話すのは
母親よりはるかに敷居が高い。
だが、もう包み隠さずに話をしたいというのが
美瑛の気持ちだった。
美月は内緒にしておいてあげてほしい
とか思わなくもない。
現実を受け止める強さが足らずに
暴力に走るような男とは思わないが
単純にかわいそうだなと、思う。

道場は休みではなかったが
午前と午後のコースの休憩時間で
忍が家に戻ってくる頃合いだった。


まず、美月と渉が忍と話すことになった。
はじめは普段通りだ。
この空気がいつ変わるのか。





「忍。本当に申し訳ない。
あたしの監督不行き届きだった。」

美月もさすがに狼狽えたのだろう。
何から話をするべきか、頭のなかで
組み立てられないほどに
自分を見失っていた。

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「えと。いや。何の話でしょう?美月さん。」

忍は何にも聞かされないうちに
美月にこんな風に口火を切られたもんだから
なんの話か推測することなど不可能だ。

「忍さん!すみませんでした!」

渉も男気溢れる土下座をかました(まあ座敷
だったからあまり変わらない)のだが、何を
謝っているのか分からない忍にはそれが
イマイチ伝わらない。

「あの、ね。忍は、うちの渉が美瑛を好きなの
知ってるよね。」
「いや、うちの美瑛が渉くんのことを離さない
感じだよね?ほんと、困った娘で。」
「美瑛は俺なんかにはもったいない子です。」
そこへ瑛子がお茶を運んでくる。
「話が全く進まないじゃない。何してるのさ。」
最後に忍の前に彼愛用の湯呑みを置くと
瑛子は信じられないビーンボールを投げる。
「忍。美瑛、生理遅れてるの。もしかして
出来たかもってさ。んで謝りに来たって訳。」
忍は目にも止まらぬ早さで腰を上げて
無駄のない動きで渉の胸ぐらを掴んで
引き上げた。

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「君、いくつ?」
「じ、14才ですっ!」
「何いってんだい忍ぅ。知ってるだろ?」
これは美月が凍りついて何も言えない横で
忍に突っ込む瑛子である。
「中学生が子どもを作るのは果たして
常識の範囲内の行動かな?」
「すみません!」
「すまん!忍!もっと担任のあたしが
しっかりしていれば」
「大丈夫よ、まだ出来たと確定したわけじゃ」
「中坊のくせに女抱くなんざ百年早ェッ!」
「忍ってば。百年待ってたら死んじゃうよぅ。」

「もうやめてーーーっ!!」

混沌とした茶の間に『だるまさんがころんだ』
コールが響いたがごとく、水を打ったように
静かになる。身動きも出来なくなるほどに。

「あたし、渉が好き!愛してる!だから
体にも触れてほしかった!あたしから
お願いしたの!渉は悪くないの!あたしの
大好きな渉を、悪く言わないで!」

その場の全員が毒気を抜かれて、ポカンと口を
半開きにした。

「あははは!美瑛あんたもやるもんだね!
さすがあたしの娘だよ。あたしも忍を
誘ったもん。好きな男には抱かれたいよね。」
一番に息を吹き返したのは瑛子だった。
忍に胸をぷるぷりんとすりつける。
「うちの娘だってろくに避妊に参加して
なかったんだもん、渉だけのせいじゃないよ。」

美月と渉はまた、二人揃って畳にデコを擦り
謝った。

「あ。」

美瑛が小走りに部屋を出ていった。
瑛子は忍に畳み掛ける。
「ほらぁ。忍が渉の胸ぐら掴んだり荒っぽい
ことするから、美瑛怒っちゃったよ?」
忍の顔色が困ったように変わる。

「あたしは学校の教師としても
年頃の男の子の母親としても失格だ。
本当に申し訳ない。ごめんなさい。忍。」
「美月さん。」
忍は赦すことも怒ることも出来ない空気の中
どこに目線を定めて良いのかも分からない。

「生理来たよ!渉ぅっ!ごめんねごめんね」
「美瑛!ほんとか?!よかったなあ!!」


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ホッとする報告だったが
美瑛が自分達に見向きもせず
渉に抱きついていったのには
すこし寂しい思いをした忍と瑛子だった。

その時、渉の横で
ドサッと何かが音をたてて倒れた。
それは本当に物が横倒しになって
出た音で、それが人の身体だなんて
思えない音だった。







*******************

「あれは驚いた。」
21の渉は、卓を相手にしてさえ
まだ不機嫌そうに美月を糾弾する。
「あのババア、あんなに人様に迷惑掛けてよ
なにが教育者だってんだよ。」
「元はと言えばお前が悪いんだろうがよ。」
卓も笑いながらストレートに渉を責める。
「自己管理は基本中の基本だよ。」

******************



忍の家で倒れた美月は
そのまま救急車で運ばれた。
大学病院で精密検査を受けたが
診断は極度の睡眠不足に疲労だった。

「人は眠らなければ死ぬんですよ。」

穏やかな語り口で言われた医師からの
一言に、亮と卓は顔色を無くす。
病室で点滴から睡眠薬を投与され
眠り続ける美月に対して
ただ一人、渉が罵声を浴びせた。

「自業自得だよ。良い薬だ!俺は心配して
ほしいなんて思わねぇし、厄介だと思うなら
俺を公立に転校でもさせたらよかっただろ。」
渉は、痛いほどわかっていた。
自分が決して親孝行な息子ではないこと位は。

亮は顔色を変えずに、静かに美月の枕元から
立ち上がった。
渉の右頬を左手で打った。

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音が派手に鳴ったが、それほど痛くない。
「俺はそれほど出来た父親じゃないから。
我慢できなかったよ。」
もしかすると、生まれてはじめて父親に
殴られたのかもしれない。
渉はかなり昔まで遡って記憶を手繰っていた。
「ただ、美月が起きてたら、止めてくれたと
思うよ。あいつは冷静だ。俺よりずっと。」





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「あの時さ。親父にのろけられたようで
腹立ったよ。俺となんかよりよっぽど
絆が深いんだなって。」
卓は7年経ってやっとこぼした渉の本音を
くすぐったいような気持ちで聞いていた。

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美月は丸1日、病院で強制的に
眠らされたあと、退院してきた。
美月は菓子折りをもって緒形家に挨拶をし
学校にも挨拶をしてからやっと家に戻った。
だいぶ疲れは取れていたが、まだ睡眠薬
処方されていてすぐに眠りに落ちた。
1日会社を休んで付き添った亮に
言伝てを頼んでいたという。

「よかったな、って。渉と美瑛に言っといてってよ。」

亮はそれだけいうと、それきり黙って美月に
寄り添っていた。
悲しそうな顔で、いつまでも髪を撫でていた。