天使が舞い降りた
浅海が離婚してから3ヶ月が過ぎようとしていた。
季節が移り変わり、朝晩めっきり冷えるように
なってきた。
そのせいだろうか。体が怠く熱っぽい。
浅海は体温計とにらめっこをしている。
37.3℃
風邪薬を飲むか最後まで悩んだが
紅茶に生姜のスライスを浮かべて
トーストといっしょにすすった。
「風邪?」
夜に渉が訪ねてきた。
メールで微熱の件を書いたら
反応が早かった。
「一人で寝てるからだろ。あっためてやるよ。」
「んもう。感染しちゃうから、やめよ。」
「大丈夫だよ。」
抱き締められると彼の体は熱かった。
細身ながら筋肉の薄くついたバネのある
心地よい体である。浅海はうっとりした。
「イイ男に育ったね。すてきよ。」
「もう、子どもじゃないよ。」
「じゃあ、今夜は抱いててくれる?」
「嫌だっていわれたって離さないよ。」
抱き合ったまま眠りに落ちた。
二人でいる布団の中はあたたかくて
一人寝が寂しい訳に妙に説得力をおぼえた。
相変わらず若くて熱い渉の体に擦り寄って
再び深い眠りに落ちた。
こんな夜を過ごした後、渉は浅海の部屋から
直接大学に行ったりする。
二人で一緒に玄関から出ると
隣のOLさんとはちあわせになったりする。
「あら。弟さんですか?」
どう返事をしたものかと浅海を伺う。
浅海は楽しそうに笑うと
「彼氏です。若いでしょ?」
冗談にしか思えない口調で本当のことを言った。
お隣さんも笑うと冗談に乗ったかのように
「あら、羨ましいわ。」
中途半端に話を合わせてくれた。
間に挟まれた渉は薄ら笑いを浮かべて
なすすべもなく立ち尽くしていた。
「体、大丈夫なの?」
渉が相変わらず微熱の引かない浅海を気遣う。
「ん。寒気もしないし、風邪じゃないみたい。
少し疲れが出ただけだと思うわ。」
大通りまで出ると渉は駅に向かう。
浅海は学校に行くためにバスに乗るのだ。
「じゃあな。」
渉は浅海の頬に素早くキスすると
手を振って歩き出す。
バス停で可愛らしく照れた笑みをうかべて
手を振る浅海。
こんな風にずっと、ずっと一緒にいたい。
学校に着くと校長に呼ばれた。
来週から本校の方に臨時で授業をしに行くように
とのことだ。
本校の教員が怪我で入院したらしい。
かなりの変則勤務だった。
隣街とはいえ、歩いていける距離ではない。
午前中しか授業の入っていない月曜から水曜に
午後から本校の授業をフォローするという。
中学生はまだ体育の授業が多い。
かなり調整したらしいが、どうしても
所々に穴が出た。
離婚したとき、車を手放したのが痛かった。
車なら本校までは15分程だ。
その頃本校では、附属の体育の教員が
週三日ヘルプにくると連絡が回っていた。
「午後から入られるそうです。男子、二年の
A~D、三年のC、Dの体育の授業を担当
していただくことになります。 」
美月は二年A組の担任であり、学年の主任だ。
手に軽い障害を抱えた生徒がいるため
挨拶しておかなければと、昼休みに電話を
かけることにした。
「山本先生。その附属の体育の先生、
なんて先生ですか?沖田のこと話しておきたい
から電話してみますよ。」
「えっとね。確か。村雨先生です。女性の
先生ね。」
美月は急に心臓がドキドキしてきてしまった。
「美月先生?」
「あ、はい。村雨先生ですね。わかりました。」
いやあ。参ったなあ。
思ったより早く、長男の新しい彼女に
会うことになってしまった美月だった。
「はい、お電話代わりました。村雨です。」
昼休みに事務室に呼び出された浅海。
なんだか食欲もわかなくて保健室で横に
なろうかと思っていたときだった。
「あ、村雨さん?お久し振り、長内です。」
「み、美月先生?こんにちは。」
「こっちに週三で来てくれるんだって?
うちのクラスの男子も担当に入ってるんだ
よろしくね!」
「ええ。まかせといてください。」
「で、一人左手に障害のある子がいてね。
申し送りは体育科の山本先生に纏めておいて
もらうけど、色々制限あるからお願いします。」
「わかりました。逐一確認しますね。」
「お昼食べてる最中だったかな。ごめんね。」
「いえ、大丈夫です。」
美月は迷ったが一言付け加えた。
「渉のことも。よろしくね。」
「あっ、は、はいっ!」
浅海は多少驚いたようだったが悪くない返事が
帰ってきて、美月は安心して電話を切った。