鶴屋開店休業回転ベッド

あたしの創作世界の基盤。だけどとてつもなくフレキシブルでヨレヨレにブレてる。キャラが勝手に動くんだ♪

亮と浅海

「さあ、遠慮しないで入って。
今、主人も来るから。」
美月が渉に連れられて訪ねてきた浅海を
リビングに通す。

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「渉。安全運転したか?妊婦さん乗せるときは
気使ってやらないとね。」
美月が渉にどや顔で講釈をたれる。
「わかってるよ!」
鬱陶しそうに話を終わらせようとする渉。
浅海は隣で静かに微笑む。
亮と浅海は初めての顔合わせだ。
「いらっしゃい。渉がお世話になって。」
「はじめまして。村雨浅海といいます。」
亮は覚悟はしていたものの、少し動きが
止まるくらいには驚いた。
美瑛とはまったく違うタイプ。
華やかな外見ではないが、女が匂い立つ。
濃い色気を感じさせる。
眼差しが強い。芯が強いどころじゃない。
たとえ好きな男にも決して言いなりになる
ような女ではないだろう。
「はいはい、みんな座って。」
美月がお茶を持ってリビングに入ってきた。
「今日は焙じ茶にしたよ。妊婦さんいるからね。」
美月は場の雰囲気が悪くならないようにと
気を使っている。

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「この度は、ご家族の皆様にもご迷惑をおかけ
してしまう結果になってしまって。」
浅海は殊勝に頭を下げる。
「いやいや、うちの息子も身の程知らずで」
亮は浅海の胆の座り具合に押され気味だ。
「経済的なことは私にも多少蓄えがあります
どうか渉さんには勉学を優先させてあげて下さい。」
「心配しなくても大丈夫です。大学はきちんと
卒業させるつもりですから。」
「勝手なことばかりで、本当に申し訳ありません。」
「まあまあ。謝りに来させた訳じゃないんだし。
もっとリラックスしよ?ね、亮。」
美月が間に入り取りなす。
「そうそう。二人はどう知り合ったんですか?
俺にはあんまり話が聞こえてこないから。」
「そんなこといいじゃんか、親父。」
渉はやっぱり照れ臭いのか話を逸らそうとする。
「渉さんが中学生のころ。ケーキで餌付けして。」
「あっ!浅海?!」
「それからずっと、私の片想いでした。」
「やめろよー!!」

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完全に渉は手のひらで転がされている。
亮も美月も声をあげて笑った。
後日、両家での挨拶や新居のことを煮詰めて
入籍出来る3か月後までには落ち着けるように
話を進めることになった。
渉のケータイが鳴る。
「ごめん、ちょっと外すな。生徒さんからだ。」
家庭教師をしている生徒からの電話だった。
渉は素早く手帳を捲りながらリビングを出た。

「まさか、ご主人と離婚されたのは渉の…」
亮がどうしても黙っていられずに訊ねた。
「女って二枚舌なんですよ。夫ともそこそこ
上手くやってました。」
亮はジュディオングの魅せられてを思い出して
いた。なんだか納得する。
「私が前夫と別れたのは、子どもが出来なかった
からです。だから、この妊娠はとても嬉しくて。」
美月もこの話は初めて聞いた。
ひとりでも産むと言ったときの浅海の気持ちを
思うと、今更ながら胸が痛んだ。
「渉さんの子どもを産めるなんて幸せです。」
「まだまだガキだと思ってたけど。何て言うか。」
亮は自分の息子がもう父親になるという実感が
いまだにわいてこないのだ。
「でも、渉は昔から女にはモテてたよ。」
美月が横から意外なことを言う。
亮は目を点にした。
「あ、わかります。本人は全然うれしくない
だろうけど、クラスの女子の半分くらいは
胸をざわつかせてる感じで。」
「だから逆に女友達は中々出来ない。
今までは卓と一緒だったから普通に女友達が
いたけどね。大学ではいないんじゃない?」
美月は中学三年間を見ていて、渉がモテるのは
わかったが、彼の何が女の子を惹き付けるのか
今一つ掴みかねていた。
「村雨さんは渉のどこが好きになったの?」
美月は本当にわからなくて訊ねていた。
「美月先生はお母さんだから。分からないかも。
渉は何て言うか、男なんですよね。女の本質に
ダイレクトに来るんですよ。うふふ。」
亮も首を傾げる。
「あはは。父も母も息子の魅力には気づかない。」
美月も降参とばかり両手を上げて笑った。
「何の話してんだよ!」
渉が戻ってきて、だいたいのことを察して
話に割り込んできた。
「どうせ俺のことだろう!幼稚園のときに
親父とお袋がゲイカップルだと思い込んでた
話とかして笑ってたんじゃないのかよ?」
「え?」
今度は浅海の目が点になった。
「渉。お前……っ!」
美月が渉に飛び掛かる。
「え?違うのかよ!」
渉は美月をかわしながら逃げ回った。
「まあ、こいつにもそんなかわいい頃が
あったって話です。」
「亮さあ、それフォローのつもり?
あたし置き去りじゃない!」

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そして美月と亮の夫婦漫才で締め括りである。
浅海はもう疲れるほどに笑った。

「お義父さまは、渉さんとは違うタイプですね。」
帰り際、浅海が亮の側に来て話しかけた。
「確かにね。弟の卓は俺似だけど。あいつは違う。」
亮は少し浅海から目線を逸らせて答える。
「美月先生のハートを射止めたの、
わかる気がしました。」
浅海は渉がずっと思春期を拗らせていたのを
懐かしく思い出していた。
大好きな母が、自分とは全く違うタイプの父に
ベタぼれなのだ。きっと渉はどうにも出来ない
嫉妬が自分でも苦しくて仕方なかったのだ。
「もし美月先生が渉のクラスメートだったと
しても、渉にはハナもかけなかったでしょうね。
完全に渉の片想い。」
亮は想像して複雑な気持ちになる。

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「寂しい思いさせてたのかな。」
「大丈夫ですよ。」
渉はもう次のステージで堂々と振る舞っている。
浅海はそう頷いた。